Newsletter Volume 32, Number 1, 2017

受賞者からのコメント

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創薬貢献・奨励賞を受賞して

中外製薬株式会社
山口幸治

 この度,「メカニズムに基づいたモデル解析の創薬研究への活用」という題目で,創薬貢献・奨励賞を賜り,大変光栄に思います.ここでは,受賞に関わる2つの研究,“ビタミンD3誘導体の経皮吸収メカニズム解析”,および“SGLT阻害剤の尿糖排泄促進作用および血糖低下作用のPKPD解析”について紹介いたします.

ビタミンD3誘導体の皮膚透過性の皮膚中代謝を考慮した拡散モデルに基づいた解析

 経皮乾癬症治療薬としてのビタミンD3誘導体の創薬研究に携わりました.経皮投与して標的臓器である皮膚で作用を発揮した後,吸収された未変化体が全身性の副作用を起こさないことが理想的なプロファイルでした.脂溶性が高い薬物ほど経皮吸収性が高いことが知られています.しかしながら,非常に脂溶性が高いビタミンD3誘導体は,脂溶性が高いほど吸収性が下がるという常識とは逆の性質を示しました.その原因を探るため,薬物経皮吸収メカニズムを研究することにしました.文献調査すると,Fickの拡散法則が薬物皮膚透過解析に用いられていること,皮膚中代謝を考慮した拡散モデルに基づいた解析事例があることが分かりました.拡散モデルは偏微分方程式で表現されるため,非定常状態を計算するのは数学的に難解です.弊社が開発したマキサトールは皮膚中で代謝されますが,論文報告事例のように1種類の代謝物しかできないのではなく,多数の代謝物があるため,解析にはちょっとした工夫が必要でした.しかしながら,それ以上に,拡散モデルをどうやってプログラムに実装すればいのか分からないのが研究の壁でした.論文を読んでも詳細な記述はないですし,拡散モデルの詳細は薬物動態の本に記載されていません.そこで,熱力学や流体力学の本を読み,そこに書いてあることをパソコンで計算して確認するためにExcel VBAやVisual C++といった言語を学習しました.拡散モデルに基づいた計算をするには,初期値問題や多元連立一次方程式の解法を習得するのが必須であり,数値計算についても同時に勉強しました.データ解析に関する新しい知識,技術を習得することにのめり込んだのが,この頃でした.なんとか拡散モデルに基づいた皮膚透過性のシミュレーションおよび解析ができるようになりましたが,細かい所の考え方が妥当なのか自分では判断できませんでした.そこで当時の上司に相談し,経皮吸収解析の論文を多数執筆している城西大学 杉林堅次教授を訪問してご意見を伺うことにしました.先生と議論することで,それまでの疑問がさらさらと解決されていきました.

 ビタミンD3誘導体の経皮吸収解析でわかったことは,1) 脂溶性が非常に高いこれら誘導体は一般的に薬物皮膚透過障壁とされる角質ではなく,その下層(生きた表皮および真皮)が透過障壁となり拡散係数が低くなること,2) そして,下層中での拡散係数が低いことが皮膚中被代謝率を高めていることです.高脂溶性を指向した分子設計は,皮膚のみで薬効を発揮し循環血移行後の副作用軽減を期待する経皮乾癬治療ビタミンD3製剤のような新薬創出に有用なアプローチと思われました.

 経皮吸収解析を通じて数値計算に慣れ親しむことができたのは,その後の研究にも役立つ良い経験でした.また,モデル解析のパワフルさと危うさも知ったことも収穫でした.結果として私は薬物動態解析に関する研究をモデル解析からスタートしてしまったので,その後クリアランス理論を正しく理解するまでは,モデル解析で得た結果の妥当性に自信を持てずにいました.

SGLT阻害剤の尿糖排泄促進作用および血糖低下作用のPKPD解析

 選択的SGLT2阻害剤トホグリフロジンの創薬研究では,弊社の加藤基浩博士とともに薬物動態分野を担当しました.糖尿病モデルマウスの薬効試験データを見ると,血糖低下作用の持続時間が短い薬物と長いものとがあり,また,血漿中薬物がある濃度以上になると血糖低下は一定レベルのところで下げ止まり,血漿中薬物濃度が低下すると血糖値は経時的に回復するということが見えてきました.このことから,SGLT阻害剤の血糖低下作用と血漿中薬物濃度との間に関連性があること,そしてSGLT阻害剤の薬理作用には飽和があることが創薬研究の早い段階でわかりました.この興味深い薬理作用と血漿中薬物濃度との関連付けをすべくPKPD解析を実施しました.そして,間接反応モデルに基づいて,SGLT阻害剤により生じた尿糖排泄によって血糖低下が起きることを示すことができました.言い換えると,血糖低下のメカニズムを考えるときは,腎臓以外のいかなる臓器への作用も考慮する必要がないという非臨床でのproof of conceptを得ることができました.この解析を経験したおかげで,私は薬物動態の肝ともいえるクリアランス概念を統合して理解できるようになったと思います.先に述べたモデル解析結果の妥当性に対する不安もこれによりだいぶ解消されました.

 尿細管にはSGLT1およびSGLT2が発現しており,グルコース親和性は低いが輸送能の高いSGLT2が尿細管の上流にあり,その下流にグルコース親和性が高く輸送能が低いSGLT1があります.SGLT阻害剤の尿細管での薬理作用を速度論的に解釈する上で,SGLT1およびSGLT2のグルコース再吸収への寄与率とその血糖値依存性を明らかにするのが必須課題でした.そこで,正常ラットを用いたin vivo試験を行い,PKPD解析を実施しました.グルコースの尿細管内挙動をPDモデルで表現するには1個の瞬時拡散コンパートメントでは不十分で,非線形parallel tube modelあるいは複数個の瞬時拡散コンパートメントをつなげたモデルが必要であり,我々は前者を選びました.このモデルには生理学的パラメータとして糸球体ろ過速度を,生化学パラメータとしてSGLT1, 2 のグルコース親和性および輸送能,さらに薬理活性パラメータとしてSGLT1/2阻害定数を組みこんだので,正常ラットにおける血糖依存的尿糖排泄や各種SLGT阻害剤の尿糖排泄促進作用を適切に表現することができました.また,PKPD解析で得たin vivo SGLT1, 2阻害定数はin vitroのそれと相関したことから,in vitro human SGLT阻害活性からの開発候補化合物の絞り込みに自信を持つことができたと思います.

最後に

 Modeling & Simulationを創薬研究に活用するには,化学研究者,薬理研究者と薬物動態研究者との連携が不可欠であり,専門性の違いを超えた相互理解が必要です.Modeling & Simulationを有効利用して成功事例を積み重ね,部門間連携が深まることが,新薬の早期創出,医療の進歩につながると信じ,今後もこの領域で活動していきたいと思います.

謝辞

 杉林堅次先生にご指導頂くことができて経皮吸収への理解が深まり,論文投稿への道が拓けました.中外製薬株式会社,関係各位のご理解,ご協力のおかげで,薬物動態研究に邁進できました.皆様にこの場を借りて感謝申し上げます.