展望
創薬貢献・奨励賞を受賞してアステラス製薬株式会社 薬物動態研究所
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この度,「薬物の肝代謝とその後の胆管/血管側排泄を評価するin vitro試験系の構築と創薬への利用」という研究題目で,平成27年度の日本薬物動態学会創薬貢献・奨励賞を賜りました.栄誉ある賞を受賞することができ,大変光栄に感じています.本賞にご推薦頂いた大塚製薬株式会社樫山英二先生をはじめ,選考委員の先生方に厚く御礼申し上げます.本研究は2011年の3月から2013年の9月の期間に,弊社の米国研究機関Astellas Research Institute of Americaで実施されたものであり,研究の機会を頂き,また指導を賜った当時の上司である田村康一博士(現株式会社ヘリオス取締役),ならびに,Jeffrey Masters, Ph.D. (現ノースウエスタン大学Sr. Director) に感謝いたします.本稿では,米国での研究を振り返りながら,研究対象となったサンドイッチ培養肝細胞にまつわる話題,また研究の展開時にキーとなった出来事について紹介させていただきます.
米国研究機関と研究テーマの設定について
Astellas Research Institute of Americaはイリノイ州スコーキーに設立されている.当時の本研究所の主なミッションは,移植など重点疾患領域の薬理研究およびヒト組織を活用したトランスレーショナル薬物動態研究であった.筆者は2011年3月より赴任し,両領域の創薬研究に薬物動態的な専門性で参画すると共に,サンドイッチ培養肝細胞を用いた薬物動態研究を実施した.薬物動態の研究内容については上司や日本の研究所と議論しながら,ある程度自由に考案し,設定することができた.逆の言い方をすると,研究の意義や目的は自分で設定し,成果についても自分で定義して主張していく必要があった.企業の研究であれば,例えば薬物動態的な要因で化合物の開発が中止となった場合にその原因を精査したり,同じ轍を踏まないためにスクリーニング系を構築しクライテリアを設定する研究や,医薬品開発におけるガイドラインや白書が示された際に,それらを社内の実践的な評価レベルに落とし込むための検討などが挙げられるかもしれない.筆者の場合には,米国の研究機関の1つの存在意義として,ヒト組織の活用や,日本では実施しにくい(米国で実施するとアドバンテージがある)研究を遂行することが求められていたため,当時の薬物動態分野で認識され始めた実験系や技術の中から,まずはサンドイッチ培養肝細胞を「触って」みることとした.当面の研究目的は,サンドイッチ培養肝細胞が薬物動態研究の何に使えるのかを検討しながら,この実験系が自社の創薬フローの中のどういった局面で役立つかについて模索することとした.
細胞は誰が培養する?
当時の米国でのサンドイッチ培養肝細胞の販売形態は興味深く,研究においていろいろな示唆を与えてくれたため,紹介させていただく(ただし,当時の販売形態であり,現在とは異なる点が多いことをご承知おき頂きたい).いわゆる胆汁排泄を検討する目的でのサンドイッチ培養肝細胞は,ラットで4日間,ヒトで7日間が通常の培養期間であり,新鮮肝細胞が用いられていた.製品を注文すると,細胞は販売者側で調製および播種され,生細胞の状態で輸送される.使用者は到着後すぐに培地を交換し,翌日の実験日までCO2インキュベーターで培養する,いわゆるready-to-useに近い形で製品が納入されていた.これについては批判もあるかもしれないが,当時はこの方式でしか購入できなかったのでよしとしていた.細胞が何時間の輸送に耐えられるかは販売者側で確認されており,また,同一のロットの細胞は販売者側でも培養が継続され,典型的な試験が実施された後にデータを提供してもらえる.このため,使用者側でも同様の試験を実施すれば,自身の実験手技を含めた比較データとして参照することができる.また,販売者側で熟練した技術者が細胞の調製や播種を行うため,細胞の品質が一定に保たれるという利点がある.これらの販売形態は新規にこのアッセイ系を試してみたい研究者にとっては大きなメリットであった.これと並ぶ販売に関する特徴は,ある研究者が動物種と試験日を決めて製品を発注すると,その情報が他のユーザーにも共有され,同じ機会の試験に参加することができる点である.この販売方式で恩恵を受けた事例の1つに「トランスポーターのノックアウトラットから調製されたサンドイッチ培養肝細胞の利用1)」がある.当初はノックアウト動物から調製された細胞を利用する予定はなかったが,社外のある研究者が上記の製品を注文したことから,これを契機にして新規に実験を計画し,結果として本研究において貴重なデータを取得することができた.
「未変化体の動態」から「代謝物の動態」へ
研究内容に話題を移すことにします.本研究の成果の1つは,サンドイッチ培養肝細胞が,代謝物の胆管側への排泄過程や基底膜側(血管側)への排泄過程を評価するのに使える可能性があることを示した点である1, 2).当時のサンドイッチ培養肝細胞の用途として認識されていたのは未変化体の胆汁排泄過程の評価であり,当初は社内でもこの点を検討した.論文に報告されていたいくつかの試験を再現することができ,本系は弊社内でも未変化体の胆汁排泄過程の評価に使用できることを把握できた(データは未公表).これらの実験を通して,新たな気づきを得ることもできた.それは,一部の化合物をアッセイに供し,試料をLC-MS/MSで定量した際,グルクロン酸抱合代謝物に起因すると思われるピークが検出されたことである.当時社内ではグルクロン酸抱合代謝研究を精力的に実施していた背景もあり,被験化合物を定量する際には,その化合物が仮にグルクロン酸抱合を受けた場合,それを比較的よく検出できる条件で定量を行う慣習があった.今から考えると,本系は肝細胞であることから被験化合物が代謝を受け得ることは容易に想定できるのであるが,当時は実験室で分析結果を眺めながら,本系を代謝物の動態を評価する目的で利用することを思い立った.
薬理研究者との議論
米国での研究月例会は領域を超えてまとめて実施されていた.薬理研究者から薬物動態研究についてアドバイスをもらったり,研究テーマに即した議論を行えたのは貴重な経験であった.上述したような一連の薬物動態の研究結果を共有した際に,グルクロン酸抱合代謝物が胆汁排泄を受ける薬剤としてミコフェノール酸があり,この抱合代謝物は消化管で脱抱合を受けた後に未変化体の形で腸肝循環することや,臨床での副作用として消化管症状がある3)こと,さらに社内のプロジェクトにミコフェノール酸との差別化を狙った化合物が存在していた4)ことなどを教えていただいた.これらの情報や薬理研究者の協力もあり,サンドイッチ培養肝細胞を自社化合物の体内動態のプロファイリングや差別化データの取得のために活用し,本系がプロジェクトを推進する上で有用であることを例示することができた5).この事例は,本系の具体的な活用例を想起してもらったり,薬物動態研究者がプロジェクトに前向きに関与できることを示す上で助けになった.
今後の展開
以上,米国での社内外の研究環境を振り返りながら,研究内容の一部を紹介させていただいた.今後の展開として,サンドイッチ培養肝細胞をさらに活用するという観点では,血中における肝臓由来代謝物の予測や,in vitro試験から得られるパラメータを活用した薬物動態の定量的予測,また,肝毒性評価への活用などが考えられ,これらの一部については論文報告がなされ始めている.一方,近年では組織工学的な技術の進展に伴って新しい培養細胞系が報告されつつあることから,それらが既存のアッセイ系と比べてどのようなメリット・デメリットがあるのかを明らかにしていくことも望まれる.今後,これらの知見が積み重なり,in vitro試験系を活用した創薬研究がさらに進展することを期待している.
参考文献
- Pharma Res Per 2(2):e00035 (2014).
- Drug Metab Pharmacokinet 29:129-134 (2014).
- Clin Pharmacokinet 46:13-58 (2007).
- Eur J Pharmacol 674:58-63 (2012).
- 19th North American ISSX Meeting and 29th JSSX Annual Meeting, San Francisco (2014).