展望
創薬貢献・奨励賞を受賞して日本ベーリンガーインゲルハイム株式会社
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この度,「in vitro Transporterデータに基づく薬物相互作用予測を目指した企業的研究」という題目で平成27年度日本薬物動態学会創薬貢献・奨励賞という栄誉ある賞を授与していただき,大変光栄に存じます.選考委員の先生方ならびに本賞にご推薦いただきました信州大学医学部附属病院臨床研究支援センター 五十嵐 隆 副センター長・教授に,この場をお借りして厚く御礼を申し上げます.本稿では,筆者が日本ベーリンガーインゲルハイム株式会社(NBI)に入社してから約10年間にどのようなトランスポーター研究を行ったのか,またそのトランスポーター研究がBoehringer Ingelheim (BI,本稿ではglobalなBIをBIと表記する)でどのように認知されていたのかについて紹介させていただいた後,今回授賞に至った「in vitro Transporterデータに基づく薬物相互作用予測を目指した企業的研究」に関する一連の研究について簡単に紹介させていただきたいと思います.
筆者がNBIに入社した当時は,Cytochrome P450を介した代謝に関する研究が多くの製薬企業で非常に盛んに行われており,筆者の薬物動態研究の第一歩は代謝酵素研究からとなりました.入社2年後に,大きな転換期が訪れました.NBIはドイツを本社とする外資系の製薬会社であり,独自性がなければ,日本の研究所の存続は容易ではないという状況であることが当時からすこしずつ感じられていました.筆者の推薦者である五十嵐教授(筆者がNBIに入社した際の部長)が,研究所の生き残り策として,日本で発展しているトランスポーターに取り組むという決断をしたことが転機となり,トランスポーター評価機能を日本の研究所に構築するべく,筆者がトランスポーター研究に従事し始めました.当時多くのトランスポーターが同定されてきておりましたが,その臨床的意義についての情報は十分ではなく,BI内では,大学が特別な医薬品だけを用いてトランスポーターの重要性を強調しているのではという見方をする人も少なくありませんでした.その状況を打破するために,BIから上市されたテルミサルタン,プラミペキソール,エピナスチンとトランスポーターの関係について,当時東京大学杉山先生,当時東京理科大学の玉井先生の指導の下研究を行い,BI内でトランスポーター研究の重要性が広く認知されることになりました.トランスポーター評価の重要性が理解された後は,トランスポーターの評価ツールを導入することに尽力し,現在ではUS Food and Drug Administration (FDA),European Medical Agency (EMA)およびPharmaceuticals and Medical Devices Agency (PMDA)が要求するトランスポーター分子種評価系がバリデーション試験終了済の状態でNBI神戸医薬研究所に準備されるまでに至りました.トランスポーター評価の重要性のBI社内での啓蒙活動および迅速なツール準備の結果,NBI神戸医薬研究所薬物動態安全性研究部がBIの医薬品開発におけるトランスポーター評価の中心拠点として2010年に選定されました.以降,BI社内の医薬品開発段階に進む全候補化合物に対してのトランスポーター評価が神戸医薬研究所で実施されております.全ての成果を社外に示すことはできませんが,その一端としてリナグリプチンおよびダビガトランに関するトランスポーター情報を国際誌に発表しております.ツール構築後は,東北大学の寺崎先生の指導の下,質量分析計を用いたトランスポーターおよび代謝酵素の絶対定量技術のBIへの導入を開始し,質量分析計を用いたタンパク定量の結果が,承認申請に用いるトランスポーター評価ツールのバリデーションおよびBI社内に導入すべき実験ツールの選択条件の一項目となるべく,現在も評価を継続しています.以上,筆者がこれまでトランスポーターについて取り組んできたこと,およびBI内でのトランスポーター評価の歴史を紹介しました.次に,今回奨励賞をうけるに至った研究について簡単に紹介したいと思います.
FDA,EMAおよびPMDAなどの規制当局から薬物トランスポーター上での薬物相互作用の評価に関するガイダンス/ガイドラインが発行されました.薬物相互作用ガイダンス/ガイドラインの中では,P-glycoprotein (P-gp), breast cancer resistant protein (BCRP), organic anion transporter (OAT)1, OAT3, organic anion-transporting polypeptide (OATP)1B1, OATP1B3およびorganic cation transporter (OCT)2などの薬物トランスポーターと医薬品候補化合物がどのように相互作用するのかをin vitro実験系を用いて適切に評価し,ガイダンス/ガイドラインの推薦する決定樹およびcut off値を元に,薬物トランスポーターを介した相互作用に関する臨床試験の必要性を適切に議論することが求められています.しかしながら,近年in vitroトランスポーター実験から算出されるパラメーター(特にP-gpに対するIC50値)にin vitro実験をした研究室間で100-1000倍という非常に大きなばらつきがあることが認知されてきました.P-gp活性に対する化合物のIC50値のばらつきは,実験システム的(用いる評価系など),実験条件的(基質,基質濃度,バッファーなど)および解析法的(IC50算出法など)要因などが複合的に関連して生じていると考えられます.
実験システム的な要因では,非細胞系のシステムである膜ベシクル系を用いた場合に,異なるIC50が得られることが報告されています.我々は細胞系の違いによる影響を検討するために,Caco-2およびP-gp発現LLC-PK1細胞を選び,14の医薬品候補化合物のIC50値を算出/比較し,2.5-6倍の差があることを示しました.質量分析計を用いて,それぞれの細胞におけるP-gpタンパク発現量の決定し,2種の細胞間に約10倍のP-gp発現量の違いがあり,ヒト小腸でのP-gp発現(上部,中部,下部,それぞれ男女2ドナー)はCaco-2細胞に近いことを明らかとしました.このことから,各細胞に発現しているP-gp発現量がIC50値に影響を与えること,また適切な実験ツール選択の必要性を示唆することができました.
実験条件的な要因の1つに用いる基質の違いが考えられます.P-gpのprobe基質として規制当局が推薦しているジゴキシンおよびダビガトランエテキシレートを用い,6つの阻害剤のIC50値を算出/比較しました.6つの阻害剤中5つではIC50値の違いは3倍以内でしたが,キニジンでは10倍の違いが示されました.したがって,推奨probe基質であっても,頻度は高くないものの使用した基質間で阻害能に差がみられることあることが示されました.
解析法的な要因では,FDAが推奨するefflux ratioから算出したIC50値と単純にBtoAおよびAtoB輸送から算出したIC50値に,同じデータセットを用いても3-7倍程度のかい離が生じること示しました.Efflux ratioからIC50値を算出することが広く行われていますが,efflux ratioからIC50値を求めるためには,AtoBおよびBtoAの両方の輸送評価が必要となり,またefflux ratioがBtoA/AtoB比から算出されるため実験誤差が他の2つよりも大きいという問題があります.そこで,efflux ratioから算出されたIC50値と同等のIC50値をAtoB輸送だけから算出する新規IC50解析法を提案しました.新規解析法により,AtoB方向片方の輸送の評価だけでよく,IC50値の解析におけるばらつきを抑制できると期待できます.
以上の研究成果は,評価ツールの選択,in vitro結果の解釈,臨床予測に大きな影響を与えることから,企業および規制当局の観点からは重要な情報となると思います.今後,発信された研究成果を元にin vitro データから臨床薬物動態を精度よく予測でき,さらには薬効・副作用予測精度を向上させる一助となると強く期待します.
上述の研究内容は過去10年間筆者がBI社で行ったものであり,すべてBI社で用いることを最終目的としたものであります.それが受賞に至ったことについては筆者自身も非常にうれしいだけでなく,それを評価してくださった選考委員会の先生方に心から感謝申し上げます.最後になりますが,本賞を受賞するにあたり,筆者の研究生活を共にすごし,いつも支えてくれた日本,ドイツ,アメリカBIのDMPK部門の皆様に改めてお礼を申し上げ,結びの言葉に代えさせていただきたいと思います.