展望
学会賞を受賞して広島大学大学院医歯薬保健学研究院 医療薬剤学研究室
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このたび「腎および肺における薬物の輸送・毒性とその制御に関する研究」という題目で日本薬物動態学会学会賞の栄誉を賜り,第30回年会(東京)において「Transport and toxicity of drugs and its regulation in the kidney and lung」というタイトルで受賞講演を行わせていただきました.学会賞にご推薦いただきました乾 賢一先生,学会賞選考委員長の家入一郎先生をはじめ関係の先生方に深謝いたします.また,受賞に関わる研究にご協力をいただきました広島大学医療薬剤学研究室のスタッフ(村上照夫先生(現広島国際大学教授),永井純也先生(現大阪薬科大学教授),湯元良子准教授,川見昌史助教)および学生の皆様にお礼申し上げます.
私は京都大学薬学部を卒業後,1980年に京都大学医学部附属病院(京大病院)薬剤部の医療薬剤学研究室(堀 了平教授)に修士課程学生として入学しました.堀先生が京大病院に着任されたのが1978年であり,医療薬剤学研究室としては第1期の修士課程学生でした.研究室では,乾 賢一先生のご指導のもと,後に博士論文となる「腎尿細管上皮細胞膜におけるイオン性薬物の輸送機構に関する研究」に取り組みました.これが私と薬物動態研究との出会いでした.乾先生は,当時,薬剤学(薬物動態学)領域ではまだあまり馴染みのなかった細胞膜小胞系や培養細胞系をいち早く取り入れられ,薬物輸送研究を大きく推進されました.研究室に入って半年ほどは,来る日も来る日も腎尿細管側底膜小胞の調製法確立のための実験の繰り返しでしたが,その過程を通じて研究に向き合う姿勢や様々な実験技術を学ばせていただきました.
博士後期課程修了後は,約2年間,京大病院薬剤部で薬剤師として勤務しました.2年間という短い期間ではありましたが,適正な薬物療法の遂行のためには薬物動態学が極めて重要であることを改めて認識いたしました.その後病院を退職して,ボストンにある米国マサチューセッツ総合病院(MGH;消化器内科(Kurt J. Isselbacher教授))およびハーバード大学医学部の医学研究員として研究に従事しました.渡米後,最初はよくわからないままレトロウイルスの複製に関する研究に加わっていましたが,その後,David Rhoads博士とともにグルコーストランスポーター(GLUT)の分子生物学的研究にシフトしました.MGHの川向いにあるMassachusetts Institute of TechnologyのHarvey Lodish博士のグループがGLUTを初めてクローニングしたのが1985年であり,私が渡米した1987年はトランスポーターの分子実体に関する研究が活発化してきた時期でした.今では薬物動態学領域でも非常に良く知られているP-糖タンパク質がクローニングされたのもちょうどこの頃でした.だんだんと米国での生活にも慣れ,また遺伝子操作など新たな実験技術も身についてきたため,ボストンで少し腰を落ち着けて研究に取り組もうと思っていましたが,1年半ほどして堀先生からお声をかけていただき,京大病院に戻ることになりました.帰国後は,薬物の生体膜輸送研究を継続するとともに,薬物の毒性発現に関する研究にも従事しました.
京大病院で助手,講師,助教授を務めた後,1996年から広島大学医学部総合薬学科(現在は薬学部(学部),医歯薬保健学研究院(大学院))の医療薬剤学研究室を担当することになりました.広島大学医療薬剤学研究室で取り組んだ研究の中から,今回の受賞に関わる内容を簡単にご紹介させていただきます.
①腎尿細管上皮細胞におけるアミノグリコシドの輸送・毒性とその制御
アミノグリコシド系抗生物質(AG)はグラム陰性菌等による感染症に有効な医薬品であり世界的に広く用いられていますが,腎毒性を高頻度に誘発します.AGの腎毒性は,AGの腎尿細管上皮細胞内への取り込みと密接に関係するため,その機構について多くの研究が行われてきました.AGの取り込みにレセプター介在性エンドサイトーシスが関与することは京大病院の頃に明らかにしていましたが,レセプターの実体については長く不明でした.そこでLDLレセプターファミリーに属し腎尿細管に高発現しているメガリンに着目して研究を進め,この膜タンパク質がin vivoにおけるAGの腎移行に重要な役割を果たしていることを明らかにすることができました.次に,この知見に基づいてAGの細胞内移行制御による腎毒性防御法の開発を目指しました.一つの成果として,Neural Wiskott-Aldrich syndrome protein (N-WASP) の部分ペプチドN-WASP181-200がAG腎移行の抑制に有効であることを見出しました.これらの研究成果は世界的にも注目を集め,Martti Vaara博士(Northern Antibiotics Ltd.,フィンランド)との共同研究にも発展しました.
②肺胞上皮細胞におけるタンパク質・ペプチドの輸送とその制御
肺は医薬品,特にタンパク質性・ペプチド性医薬品の注射に代わる投与経路として注目を集めているにも拘らず,小腸,肝臓,腎臓などと比べて物質輸送系に関する情報は極めて乏しいのが現状でした.そこで,2000年代半ばから肺,特に肺胞上皮における輸送研究を開始しました.肺胞上皮は扁平なⅠ型細胞と立方状のⅡ型細胞で構成されており,表面積的にはⅠ型細胞が90-95%を占めています.これら2種の細胞は,形態的にも機能的にも大きく異なるため,肺胞における物質輸送を理解するには,両細胞における輸送システムや輸送活性を明らかにする必要があります.そこでまずアルブミンの輸送解析から研究をスタートしました.アルブミンは,高分子薬物のモデルであるとともに肺の生理機能維持に重要なタンパク質です.検討の結果,Ⅱ型細胞におけるアルブミンの取り込み活性はⅠ型に比べて非常に高いことが明らかになり,肺胞腔内からのアルブミンクリアランスにおいてⅡ型細胞が大きく寄与する可能性を示すことができました.この結果は,これまで肺胞表面積に占める割合が小さいため無視されがちであったⅡ型細胞の重要性をはじめて明らかにしたものでした.なお,アルブミンの取り込みは,クラスリン介在性エンドサイトーシスによることも明らかになりました.また,肺胞上皮におけるアルブミンやインスリン輸送の制御方法についても検討を重ね,ポリ-L-オルニチンなどのカチオン性ポリアミノ酸は,これら高分子の肺胞上皮細胞内への取り込みや経肺投与後の循環血中への吸収を著しく高めることを見出しました.カチオン性ポリアミノ酸は,肺浮腫からの回復促進(病態で高濃度になった肺胞腔内アルブミン,ひいては余分な水分のクリアランス促進)やインスリンの経肺吸収促進に利用できる可能性があるのではないかと考えています.現在,高分子だけでなく低分子の輸送についても解析を進めており,peptide transporter (PEPT2)やreduced folate carrier (RFC)の発現・機能について興味深い知見を得つつあります.
③薬物による肺障害と上皮間葉転換
メトトレキサート(MTX)やブレオマイシン(BLM)は臨床上重要な薬物ですが,副作用として肺障害を引き起こすことがあり,時に致死的な間質性肺炎や肺線維症に至ります.肺線維症の原因の1つとして,肺胞上皮Ⅱ型細胞の筋線維芽様細胞への形質変化,すなわち上皮間葉転換(EMT)が注目されており,TGF-β1 (TGF)はEMT誘発に関わる主要因子として知られています.しかし薬物誘発性肺障害とEMTの関係については情報が乏しく不明でした.そこでまずⅡ型細胞に特徴的なオルガネラであるlamellar bodyの膜上に存在する脂質トランスポーターAbca3の遺伝子をラット肺由来RLE-6TN細胞に導入し,よりⅡ型に近い形質を持つ培養細胞RLE/Abca3を樹立しました.この細胞を用いてTGFと肺障害性薬物の影響について比較検討したところ,MTXやBLMはTGFと類似したEMT誘発作用を示し,細胞形態やアクチンフィラメントの走行変化,上皮系マーカーの発現減少,間葉系マーカーの発現上昇を認めました.またTGFや薬物処置によってAbca3遺伝子の発現減少やそれに伴うlamellar bodyの消失も観察され,これらの変化が薬剤性肺障害の新たなマーカーとなる可能性を示しました.現在,薬物誘発性EMTの分子機構の解明や,それに基づく薬物誘発性肺障害の防御法の開発を進めているところです.
振り返ってみれば,上記の研究はいずれも,薬物の輸送機構や毒性発現機構の解明とその制御による毒性防御や病態治療という一連の流れになっています.臨床応用に至る道が長く険しいことは重々承知していますが,これらの成果がその基盤情報となることを願い,受賞の言葉とさせていただきます.