Newsletter Volume 31, Number 1, 2016

DMPK 31(1)に掲載された各論文の「著者から読者へのメッセージ」

[Regular Article]

野生型及びMdr1a欠損ラットを用いた脳内遊離形薬物濃度の代替指標としての脳脊髄液中濃度の有用性評価

Nagaya, Y., et al., pp. 57-66.

 中枢領域の医薬品開発では脳脊髄液(CSF)中薬物濃度が脳内遊離形薬物濃度の代替指標として汎用されている.しかしながら,げっ歯類ではP-gp基質のCSF中濃度が脳内遊離形濃度に比べ高くなる事が報告されており中枢移行性予測に苦慮していた.そこで本研究では,野生型およびMdr1a欠損ラットを用いて脳内遊離形濃度を反映していると期待されるinterstitial fluid(ISF)をマイクロダイアリシス法により採取し,定常状態における同一個体でのCSF中濃度と比較した.その結果,P-gp基質も含めてCSF中薬物濃度をISF中薬物濃度の代替指標として使用できるとの結論を得た.また,P-gp基質の脳内総濃度はラットに比べサルで高い傾向が認められたが,CSFやISFを中枢移行性の指標として用いた場合には大きな種差は認められなかった.本研究が医薬品開発において良好な中枢移行を示す候補品を迅速かつ簡便に選出する際に有益な情報となるものと期待する.

 

[Regular Article]

大腸癌細胞株のブロモピルビン酸感受性に及ぼすグルコースの影響の評価

Ideno, M., et al., pp. 67-72.

 国際糖尿病連合の発表によると糖尿病患者数は爆発的に増え続けており,2015年現在で4億1500万人に上ると報告されている.また,糖尿病は大腸癌死亡リスクを増加させることが知られており,高血糖状態において抗癌剤の効果が減弱することがその原因の一つと考えられている. 本研究では,新たな抗癌剤候補として期待されているブロモピルビン酸(BP)もこれまで汎用されてきた抗癌剤と同様に高グルコース環境下で効果が減弱することを明らかとした.

 高グルコース環境下では,種々の抗癌剤の排出に関わるABCトランスポーターの発現量が上昇することが報告されているが,本検討ではBP取り込みに関与するSLCトランスポーターの発現量の低下が認められたことから,高血糖状態では薬物輸送に関わる多くのトランスポーターの発現量が変動していると考えられる.

 今後はin vivoでの検討を行い,BPを抗癌剤として用いた際の薬物治療の安全性・有用性を担保する一助としたい.

 

[Regular Article]

実験動物PKデータからのヒトにおける薬物動態予測~ミニブタの有用性検討~

Yoshimatsu, H., et al., pp. 73-81.

 医薬品開発において,化合物の吸収性や体内動態評価に実験動物を利用するが,評価によっては顕著な種差が認められることがあり,種差が原因で化合物の評価を見誤る危険性も考えられる.このようなリスクを回避するためにも,実験動物での生理的要因を把握し,ヒトとの薬物の吸収性や体内動態の違いを理解しておく必要がある.近年,欧米では動物愛護やヒトへの類似性といった観点から非げっ歯類実験動物として,イヌやサルに代わりミニブタの使用が増加してきた.しかし,イヌやサルほどの背景データはなく,ミニブタの薬物動態に関する情報は少ない.そこで,本検討では,ミニブタの体内動態情報を収集すると共に,ヒトの薬物動態予測に向けた検討を行った.

 その結果,ヒトのVd,CLを予測する上でミニブタは有用であることが示唆された.First in humanとなる臨床試験時におけるヒトの薬物動態予測の一助となることを期待する.

 

[Note]

ヒト肺胞上皮細胞株におけるニコチン取り込みトランスポーターの機能的発現

Tega, Y., et al., pp. 99-101.

 ニコチンは,タバコに含まれる天然のアルカロイドであり,脳内報酬系を賦活化することで依存性を示す.喫煙時,ニコチンは主に肺から循環血液へ移行すると考えられているが,ヒト肺胞上皮のニコチン輸送メカニズムに関する情報は乏しい.そこで本研究では,ヒト肺胞上皮細胞株(A549細胞)を用いて,その二コチン輸送特性を解析した.その結果,A549細胞へのニコチン取り込みには主に,受動拡散ではなく担体介在輸送が寄与することを明らかとした.また阻害解析の結果から,同細胞へのニコチン取り込みにおいて,既知の有機カチオントランスポーターとは異なる分子(未同定の有機カチオントランスポーター)の関与が示唆された.本トランスポーターは,肺胞上皮におけるニコチンの細胞膜透過に重要な役割を担うと考えられ,ニコチンの経肺吸収性にも大きく影響するものと推察される.今後は,ニコチン取り込み機構の分子実体および生理的役割解明を目指したい.

 

[Short Communication]

オルニチンカルバモイルトランスフェラーゼはユニークな薬剤性肝障害バイオマーカー候補である

Furihata, T., et al., pp. 102-105.

 オルニチンカルバモイルトランスフェラーゼ(OCT)は肝ミトコンドリアタンパク質であり,以前より肝疾患・肝障害バイオマーカーとしての可能性が見出されていました.本研究では「薬剤性肝障害時にOCTがどのような細胞外遊離プロファイルを示すか?」に焦点を当て,ラット初代培養肝細胞を用いた解析を進めました.本解析の結果,薬剤性肝細胞障害時において,OCTはアラニンアミノトランスフェラーゼよりも高い相対遊離度を示すこと,さらにはその相対遊離度は薬剤により異なることが明らかとなりました.特に後者は,従来の肝障害バイオマーカー候補には認められない特性です.本論文ではその分子機序を解明するには至りませんでしたが,薬剤依存的なOCTの遊離プロファイルは,何等かの肝細胞障害機序を反映している可能性があります.本論文を契機に,多くの肝障害・バイオマーカー開発の専門家がOCT研究に参画することを願っています.