DMPK 55に掲載された各論文の「著者から読者へのメッセージ」
[Regular Article]
ケト-エノール構造を含む化合物の薬物代謝の種差とヒトにおける薬物動態の予測への嫌気条件下での代謝安定性試験の影響
Kanazu, T., et al.
非臨床研究において良好な薬物動態特性を示す医薬品候補化合物が,臨床試験において薬物動態特性の問題から開発中止へと追い込まれることがある.HIVインテグレース阻害薬候補化合物(S-1360)は,ラット及びイヌで良好な薬物動態特性を示したが,臨床試験では,期待されたよりも著しく低い血中曝露しか得られなかった.ヒト血漿の代謝物検索において還元代謝物(HP-1)が大量に存在しており,低曝露となった原因としてS-1360からHP-1への代謝の種差が考えられた.従来の好気的な条件下での肝細胞を用いたin vitro代謝安定性評価では,いずれの種においても良好な安定性を示し,大きな種差は認められていなかった.肝臓中の酸素濃度は一様ではないこと,酸素濃度によって代謝活性が影響を受けることが知られていたため,嫌気的な条件でのin vitro代謝安定性評価を実施した結果,S-1360及びS-1360類縁化合物で還元代謝が顕著に進行した.ケト-エノール構造のように特徴的な構造を含む化合物では,ヒトにおいて良好な曝露が得られる化合物を選抜するために最適なin vitro代謝条件を設定することが重要であることが示された事例であり,今後の薬物代謝研究に役立つことがあれば幸いである.
[Regular Article]
糖尿病性腎臓病を伴う又は伴わない高血圧症患者における非ステロイド型選択的ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬エサキセレノンの有効性及び安全性に関する曝露-反応解析
Yoshihara, K., et al.
エサキセレノンは非ステロイド型ミネラルコルチコイド受容体ブロッカーである.本研究では,エサキセレノンの臨床試験全5試験に組み入れられた多様な高血圧症患者1,453名のデータを併合し,数理モデルを用いて血圧変化量(有効性)及び血清カリウム値(sK+)上昇の発現(安全性)の曝露-反応関係を評価した.一連のモデル解析とシミュレーションの結果,(1)エサキセレノンは臨床用量(2.5及び5mg)での曝露量の範囲において直線的な曝露-反応関係があり,対照薬と同様かそれ以上の降圧効果を示すこと,(2)sK+上昇発現リスクは固定用量投与下では曝露量とともに増大するが,漸増投与下では逆の曝露-反応関係を示すこと(titration paradox),(3)sK+上昇発現リスクは治療前のsK+高値及び推算GFR低値により増大するが,これらのリスク因子をもつ患者には漸増投与(1.25-2.5-5mg)をすることでsK+上昇発現率は固定用量投与(5mg)よりも低値に抑えられることが示された.これらの結果はエサキセレノンの承認用法用量の妥当性を裏付けている.
[Regular Article]
1α,25-dihydroxyvitamin D3 (1,25(OH)2D3) によって促進されるラット回腸におけるメロペネムの吸収
Saito, T., et al.
以前,in situループ法によりラットにおけるメロペネム(MEPM)の吸収特性を検討したところ,MEPMは十二指腸や空腸よりも回腸で最も高い吸収性を示した.しかし,拡散チャンバー法により回腸での透過実験を行ったところ,MEPMは顕著な分泌指向性を示し,in situとin vitroでの結果が全く一致しなかった.今回,この矛盾の要因を解明する検討を行なった.ラット回腸におけるMEPMの良好な吸収は,経口ペネムのファロペネムと同様に,Na+依存性リン酸トランンスポーター(NaPi-T)の基質であるホスカルネットによって有意に阻害された.NaPi-Tが1,25(OH)2D3によって駆動されることから,MEPM溶液に1,25(OH)2D3を添加して透過実験を行ったところ,吸収方向におけるMEPMの透過係数が,1,25(OH)2D3非共存下の透過係数の約7倍に上昇し,in situの結果を反映するものとなった.したがって,MEPMはラット回腸で1,25(OH)2D3によって駆動されるトランスポーターを介して吸収されると考えられた.同時に本研究は,in situ(in vivo)とin vitroの両面から吸収特性を評価することの重要性を改めて示唆した.
[Regular Article]
気–液界面培養法と新培地を用いたヒトiPS細胞由来小腸上皮細胞の作製
Shirai, K., et al.
小腸における薬物動態を正確に評価することは,医薬品開発,特に経口薬開発において重要である.また,近年はmicrophysiological systemを使用した研究が盛んに行われており,腸パートに搭載する高機能な小腸細胞が求められている.我々は,ヒト小腸上皮細胞により近い特徴を持つヒト人工多能性幹細胞由来小腸上皮細胞(hiSIECs)を作製することを目的に,hiSIECsをセルカルチャーインサート上で作製する際の培養プロトコルの改良を試みた.その結果,air–liquid interface(ALI)培養と5-aza-2′-deoxycytidineを含まない培地を組み合わせて作製したhiSIECs(novel hiSIECs)は,従来のhiSIECsより薬物代謝酵素や栄養素吸収に関与する酵素・トランスポーターの遺伝子発現が増加し,実際に小腸のCYPの中で多くを占めるCYP3A4,CYP2C9について高い活性を示した.腸管バリアについても,novel hiSIECsはlucifer yellowの透過を低く抑え,ZO-1とE-cadherinの発現も確認された.今後は栄養素吸収機能やnon-CYP活性,Fg予測性等のさらなる研究を行い,小腸薬物動態のin vitro評価系としての有用性を明らかにしていきたい.
[Regular Article]
生理学的薬物動態モデルを用いたアゼルニジピンの体内動態に対するCYP3A阻害剤であるアゾール系抗真菌薬の阻害作用の予測
Watanabe, A. and Kotsuma M.
カルシウムチャネル拮抗薬のアゼルニジピンは主にCYP3Aで代謝される.過去に,臨床薬物相互作用試験において,強いCYP3A阻害剤であるイトラコナゾールとの併用によりアゼルニジピンの血中曝露が上昇することが示された.このことから,アゼルニジピンはCYP3A阻害作用を有するアゾール系抗真菌薬との併用は禁忌とされている.2003年のアゼルニジピンの販売開始以降,複数の新規アゾール系抗真菌薬が開発,上市されているが,それらのアゼルニジピンへの影響は評価されていない.今回,PBPKモデルを用いて新規アゾール系抗真菌薬とアゼルニジピンとの薬物相互作用を評価した.PBPK解析から,アゼルニジピンは,CYP3Aの典型基質であるミダゾラムと同程度にアゾール系抗真菌薬による阻害作用を受けることが示された.以上より,アゼルニジピンとCYP3A阻害作用を有するアゾール系抗真菌薬との併用は注意が必要であると考えられた.この情報が医薬品の適正使用に貢献することを期待する.
[Regular Article]
制酸剤投与によるパゾパニブの吸収低下に対するクエン酸緩衝液による改善効果
Muhammad, H.J., et al.
弱塩基性でBCSII分類であるマルチキナーゼ阻害剤パゾパニブは,制酸剤服用患者では胃内pH上昇に伴い溶解性及び消化管吸収が低下する.一方で,いくつかのBCSII薬剤は弱酸性清涼飲料水により制酸剤服用に伴う吸収低下を予防できる.本研究では弱酸性清涼飲料水およびクエン酸緩衝液(清涼飲料水や医薬品添加物成分)を用いてパゾパニブの溶解性と制酸剤投与ラットにおけるパゾパニブの薬物動態を検証した.パゾパニブはクエン酸緩衝液のpH依存的な溶解性を示すこと,また制酸剤投与モデルでのパゾパニブの吸収低下を改善させることが示され,制酸剤投与によるパゾパニブの吸収低下を克服できる対策法を提案した.一方で,いくつかの清涼飲料水は同pHクエン酸緩衝液より低いパゾパニブの溶解性を示した.パゾパニブは3つのpKaを持つ複雑な構造であり,本結果はこれまでと異なる新たな発見になった.今後はそのメカニズムについても検証が必要である.
[Short Communication]
更新された日本人メガデータバンクゲノム情報から見出した機能に影響のある新規フラビン含有酸素添加酵素3(FMO3)遺伝子多型
Shimizu, M., et al.
フラビン含有酸素添加酵素3(FMO3)は食品由来のトリメチルアミンのN-酸化を触媒する薬物代謝酵素である.その機能不全はトリメチルアミン尿症の一因となる.本研究では,定期的に更新され,54,000人の被験者を含む最新の東北大学東北メディカル・メガバンク統合データベースのゲノム情報の探索から酵素機能に影響を及ぼすFMO3遺伝子バリアントを探索した.更新されたデータバンクの情報から,1種のナンセンス変異と6種のアミノ酸置換変異が新たに同定された.このうち,2種のアミノ酸置換変異は,以前にトリメチルアミン尿症表現型解析からp.[(Glu158Lys; Glu308Gly)]とのハプロタイプとして同定されていた.さらに,これらの組換えFMO3変異体の機能解析結果から,1種は触媒活性が野生型に比較して低値を示し,3種は野生型と同程度の活性を示した.以上のことから,本酵素の酵素機能に対する遺伝子変異の影響を明らかにするためには,表現型解析および大規模ゲノムデータベース解析の両者を活用したFMO3遺伝子変異の解析が重要であると推察された.
[Short Communication]
ビーグル犬と柴犬の肝臓における薬物代謝酵素の発現 ― ヒトを含めた14生物種との比較
Uno, Y., et al.
イヌは医薬品開発で用いられる重要なモデル動物であるとともに大切な伴侶動物であり,イヌの薬物代謝酵素の特徴を理解することは,医薬品開発だけでなくイヌの薬物治療にも重要である.そこで本研究では,医薬品開発に用いられるビーグル犬と伴侶動物として人気のある柴犬について,薬物代謝酵素であるP450,FMO,CES,UGT,SULTおよびGSTの肝臓でのmRNA発現量を次世代シーケンサー(RNA-seq)で調べ,ヒトを含めた14生物種と比較した.その結果,肝臓での薬物代謝酵素の発現プロファイルはビーグル犬と柴犬でよく似ており,ヒトとも概ね似ていた.しかし,イヌP450 2Dが比較的高く発現している等,一部でヒトとの差異もみられた.本研究成果は,イヌの薬物代謝酵素の特徴を理解する上で有用な知見になるものと期待される.