Newsletter Volume 39, Number 1, 2024

受賞者からのコメント

顔写真:中山美有

ベストポスター賞を受賞して

武田薬品工業株式会社 薬物動態研究所
中山美有

 この度は,第38回薬物動態学会年会において『Microenvironmental pharmacokinetic/pharmacodynamic analysis of antisense oligonucleotides: in situ hybridization with super-resolution microscopy and direct nuclear isolation』という演題で,ベストポスター賞を賜りました.このような大変栄誉ある賞をいただき光栄に存じます.選考委員の先生方,ならびに日本薬物動態学会関係者各位に厚く御礼申し上げます.

 一般的に,アンチセンスオリゴ核酸(antisense oligonucleotide, ASO)の標的組織におけるpharmacokinetics/pharmacodynamics(PK/PD)相関解析は組織ホモジネート中濃度基準で実施されてきました.しかしながら,ASOは組織中において不均一な分布を示し,且つ核酸の配列や化学修飾等によりその分布が変動するため,従来の組織ホモジネート中濃度を用いた方法では,化合物のPK/PD評価が不十分である事例が認められていました.加えて,pre-mRNAを標的とするASOの薬効作用部位は核であるため,細胞内における化合物分布の不均一性についても考慮する必要があります.以上の背景から,標的細胞における核内濃度基準のPK/PD解析が真のターゲットエンゲージメント評価のために重要と考えられますが,その手法は未だ確立されていません.そこで我々は,微小空間における位置情報を含んだ薬物動態解析(microenvironmental pharmacokinetic analysis, μPK analysis)の評価基盤構築を目的として,凍結組織サンプルからpre-mRNAを標的とするASOの作用部位である核を単離し,核内のASO濃度及び標的mRNA量の測定を行う技術と,ASOの組織内分布を高感度に観測できるin situ hybridization chain reaction(isHCR)法を用いたイメージング技術の開発を行いました.また,これら2つの技術を用いて筋肉を標的とした一本鎖ASOと,ASOに比べ組織への曝露が高く,核内輸送も優れていると報告されているヘテロ2本鎖オリゴ核酸(heteroduplex oligonucleotide, HDO)を用いてµPK/PD評価の有用性も併せて検討しました.

 一本鎖ASO及び筋肉を標的としたリガンド結合型HDOをマウスに静脈内投与後,所定の時間に筋肉を採取し,組織ホモジネートおよび核におけるASO濃度およびmRNA量を測定しました.また,同一投与条件のマウスから筋肉を採取し,isHCR法および超解像顕微鏡でASOの組織内局在を高解像度に可視化しました.さらに,人工知能を用いて,イメージングデータから核内ASOシグナルの抽出解析も行い,抽出した核内ASOの定量値と比較をしました.その結果,①組織ホモジネート濃度基準では,ASOとHDOのPK/PD相関に乖離が生じましたが,核内濃度基準では,良好なPK/PD相関が確認されました.②確立したイメージング技術により組織におけるASO分布が可視化可能であり,抽出した核における濃度値と画像解析から得られた核内蛍光強度は概ね相関することが分かりました.③筋肉細胞核とその他組織の細胞核におけるmRNAノックダウン効率は異なり,組織ホモジネートを用いた評価では標的細胞における薬効を評価できない可能性が見出されました.④標的細胞特異的な核を単離・精製することで細胞特異的なPK/PD相関をモデル解析によって定量的に明らかにすることができました.これらの結果は,標的部位における薬物の送達確認および定量的なPK/PD解析におけるμPK評価基盤の重要性を示唆しています.

 本研究基盤は,ASO以外の治療モダリティにも適用可能であり,作用部位への薬物送達および「真」のPK/PD相関の評価に広く活用されることを願っております.

 最後になりましたが,共に研究を遂行しました渡辺 博氏,灰谷優子氏,西原光洋氏,丁 寧氏,劉 秋実氏ならびに指導を賜りました平林英樹氏,岩﨑慎治氏,後藤昭彦氏,山本俊輔氏また武田薬品工業株式会社薬物動態研究所各位に,この場をお借りしまして深く感謝を申し上げます.