Newsletter Volume 38, Number 1, 2023

受賞者からのコメント

顔写真:田村隆太郎

ベストオーラル賞を受賞して

東京大学薬学系研究科 分子薬物動態学教室
田村隆太郎

 この度,日本薬物動態学会第37回年会において,ベストオーラル賞という栄誉ある賞をいただきまして誠にありがとうございます.審査いただきました選考委員の先生方をはじめとして日本薬物動態学会の関係者の皆様に厚く御礼申し上げます.

 進行性家族性肝内胆汁うっ滞症1型 (PFIC1) は,リン脂質フリッパーゼをコードするATP8B1の遺伝子異常により発症する小児肝臓難病です.本疾患の病態発症機構は不明であり,患者は思春期までに胆汁うっ滞性肝硬変を発症します.最終的に肝移植が実施されますが,患者は肝移植後に脂肪肝炎に端を発するグラフト機能不全を来たすため,肝移植でも救命できません.したがって,本疾患に対する有効な治療法は存在せず,小児期に発症する最も重篤な肝疾患として認識されているほか,肝外臓器が病態に寄与していることが示唆されています.

 本研究では,ATP8B1の肝外組織における役割を明らかにすべく,組織特異的ATP8B1欠損マウスを作成し表現型観察を実施しました.その結果,腸管上皮細胞特異的ATP8B1欠損マウスが肝移植後PFIC1患者と同様に脂肪肝炎を呈すことを確認しました.また脂肪肝炎の原因探索のため血漿・肝臓のメタボローム解析を実施し,本マウスがコリン欠乏を呈することを見出しました.コリン欠乏が脂肪肝炎を惹起することは広く知られています.そこで本マウスにコリン補充食を給餌したところ脂肪肝炎が回復しました.以上のことから本マウスにおける脂肪肝炎の原因は生体内コリン欠乏であることが示唆されました.

 生体内コリンの原料は,食事中に含まれるホスファチジルコリンの分解産物の腸管吸収に由来します.私は,ATP8B1が細胞膜でリン脂質フリッパーゼとして働くことから,本分子が腸管上皮細胞におけるリゾフォスファチジルコリン(LPC)吸収能を介し,体内へのコリン供給を担っているのではないかと仮説を立てました.そして毒性試験・輸送試験を実施し,LPCがATP8B1の基質となることを示唆する結果を得ました.

 以上より,腸管上皮細胞におけるATP8B1欠損はLPC吸収不全に起因するコリン欠乏,ひいては脂肪肝炎を惹起することが示唆されました.今後は,本成果をPFIC1の治療法開発に繋げるため,今回の受賞を励みに引き続き研究に精進して参りたいと思います.