受賞者からのコメント
奨励賞を受賞して公益財団法人実験動物中央研究所
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このたび「シトクロムP450の機能および遺伝的多型に着目した実験動物の薬物代謝能に関する基盤研究」という題目で令和4年度日本薬物動態学会奨励賞を賜り,大変光栄に感じております.私はこれまで,主にシトクロムP450酵素(P450)に着目したヒトと非ヒト霊長類の薬物代謝の種差,P450遺伝子多型を伴う個体差,さらに新規ヒト肝細胞移植マウスの開発と創薬応用に関する研究に取り組んできました.本稿では受賞対象となりましたこれらの研究について紹介させて頂きます.
非ヒト霊長類代謝型P450の同定,臓器発現,基質認識および遺伝的多型を伴う個体差に関する研究
カニクイザルは進化的にヒトに近いことから,薬物動態をはじめとする医薬品開発の非臨床試験でよく使用されます.しかし,稀に薬物代謝においてヒトとの種差が見られることがあります.このような種差は,薬物の有効性と安全性の評価を困難にするため,医薬品開発の上で重要な問題となります.私はカニクイザルにおける薬物代謝を深く理解するため,主要な薬物代謝酵素であるP450に着目し,薬物代謝型CYP1-3分子種の組織における発現量解析と新規分子種の探索に取り組みました.ウェスタンブロット法を用いてカニクイザルの肝臓および小腸のミクロソームの各P450含量を定量し,ヒトと類似してCYP3A酵素は両組織の主要なP450であることを明らかにしました.さらにカニクイザル肝臓で高発現する新規CYP2A26遺伝子を同定し,カニクイザル肝臓ではヒトCYP2A6とアミノ酸相同性が高く(92-95%),触媒機能が類似した3種類のCYP2A酵素(CYP2A23/24/26)が存在することを明らかにしました.
さらに近年,薬物動態研究への応用が期待されているコモンマーモセットに焦点を当て,そのP450酵素の機能解明に取り組みました.マーモセットはカニクイザルに比べて体が小さく(約400 g),繁殖効率が良い(性成熟が約1〜2年で産子数/回が通常2-3頭)など実験動物として好ましい様々な性質を有しており,その創薬研究への普及を目指して薬物代謝能に関する情報が必要とされていました.私はまずマーモセットのゲノムデータを基に新規P450遺伝子の探索を行い,29種類の新規P450分子種を同定しました.見出したマーモセットCYP1-51分子種は対応関係のとれないCYP2C76を除き,ヒトP450に対して高いアミノ酸相同性(>85%)を示しました.ヒトとマーモセットの薬物代謝型CYP1-3分子種の組換え酵素を用いて基質認識性を比較したところ,CYP2A6やCYP2B6など一部の分子種で基質特異性に差異があるものの,それら多くはヒトP450と類似した触媒機能を有することを明らかにしました.
加えてマーモセットによるS-ワルファリンの体内からの消失には個体差が認められ,その一因がCYP2C19遺伝的多型であることを示唆しました.マーモセットにはヒトCYP2C9オーソログが存在せず,マーモセットCYP2C19はヒトCYP2C9およびCYP2C19の基質を代謝することから,本遺伝子多型はS-ワルファリンのみならずオメプラゾールやトルブタミドに代表される多くのCYP2C基質の体内動態に影響することを示しました.
ヒト肝キメラマウスの薬物代謝能の解析および新規ヒト型薬物代謝モデルの開発
医薬品は代謝を受けて毒性の高い化合物へと変換される場合があります.臨床試験における予期せぬ副作用を回避するためには,非臨床試験で開発候補化合物のヒト代謝物を予測することが重要となります.上述の研究を通して私はヒトと非ヒト霊長類の間でさえ特定のP450酵素の基質特異性に起因する肝薬物代謝能の種差が存在することを実感しました.そこでより高度にヒトにおける薬物代謝を再現できるヒト型薬物代謝モデル動物開発のため,ヒト肝キメラマウスの研究に取り組みました.ヒト肝キメラマウスは肝臓の70%以上がヒト肝細胞に置換されたマウスであり,薬物動態研究や肝炎ウイルス研究への利用が期待されます.動物作製の手順を簡単に説明しますと,肝臓にウイルス由来チミジンキナーゼ(TK)を発現する重度免疫不全NOG (NOD/Shi-scid, IL-2Rγnull) マウスにガンシクロビルを投与すると,肝臓のTKによりDNA合成阻害物質であるガンシクロビル三リン酸が生成され肝傷害が誘導されます.この肝傷害マウスにヒト肝細胞を脾臓経由で移植しますと8週後に肝臓の大部分がヒト肝細胞へと置換されます.
まず私は従来型TK-NOGマウスの雄性不妊と雌性のガンシクロビル低感受性の問題を克服するため,導入遺伝子TKとそのプロモーターを代えた新たなレシピエントマウスNOG-TKm30を作製しました.NOG-TKm30マウスでは雄における精子形成が認められ,雌における肝傷害誘導が可能になりました.レシピエントマウスの改良によって繁殖が容易になり,ヒト肝キメラマウスを安定的に作製できるようになりました.また雌ヒト肝キメラマウスの作製が可能となったことで妊娠ヒト肝キメラマウスの薬物動態および毒性研究への利用が期待できます.
NOG-TKm30ヒト肝キメラマウスでは,移植後12週以降も雌雄ともにヒトアルブミンが高いレベル(約15mg/mL血漿)で維持されました.キメラマウス肝臓にはP450,グルクロン酸抱合酵素(UGT),アルデヒド酸化酵素(AOX)およびトランスポーターなどの複数の”ヒト”薬物動態関連遺伝子の発現が認められました.キメラマウス肝組織におけるヒトP450の局在を免疫組織化学的に解析したところ,ヒト肝組織と同様にCYP3A4が中心静脈周囲に発現しており,その他のCYP1A2/2C9/2D6/2E1酵素についてもヒト肝組織と類似した分布が認められました.またキメラマウスとヒトの肝ミクロソーム画分のヒトCYP1-3分子種の含量比は類似しており,ヒト肝と同様にCYP3AおよびCYP2C酵素はキメラマウス肝臓の主要なP450分子種であることを示しました.
ヒト肝キメラマウスのin vivo薬物代謝の特徴を明らかにする目的で数種の薬物の主要代謝経路を調べました.三環系ヒスタミンH1受容体拮抗薬であるデスロラタジンの代謝にはP450やUGTが関わり,ヒトとげっ歯類の間で代謝経路の明確な種差が認められます.ヒト肝キメラマウスにデスロラタジンを投与すると,主に3-水酸化体を経てグルクロン酸抱合体となり,ヒトと類似した代謝パターンが認められました.他,ヒトUGT1A4を介したラモトリジン代謝およびヒトAOX1を介したカルバゼランおよびBIBX1382代謝など,ヒト肝キメラマウスは様々な薬物代謝酵素を介したヒトでの薬物代謝を再現できることから,創薬研究における開発候補化合物のヒト薬物代謝予測に有用である可能性が示唆されました.
一方で,肝ミクロソームの薬物酸化酵素活性をヒト肝キメラマウスとヒトで比較すると,キメラマウス肝のS-ワルファリン4′-水酸化酵素活性はヒト肝に比べて高値を示し,キメラマウス肝臓に残存するマウス肝細胞の薬物代謝への寄与が示唆されました.そこで残存マウス肝P450の薬物代謝への影響を低減させるため,マウス肝臓特異的にP450酸化還元酵素を欠損させ,マウス肝P450の機能が低下したヒト肝キメラマウスを作製しました.本マウスへのS-ワルファリン投与後の尿中主要代謝物は,ヒトと同様に7-水酸化体であり,マウス主要代謝物4′-水酸化体の生成量は低値でありました.P450酸化還元酵素欠損モデルのS-ワルファリン代謝経路は既知のヒトデータと極めて類似することが示されました.従来型のヒト肝キメラマウスの課題を克服した新しいヒト肝キメラマウスの創薬研究への貢献が期待されます.
以上,カニクイザル,マーモセットおよびヒト肝キメラマウスにおけるP450酵素を中心とした薬物代謝の基盤情報が,これらの実験動物を薬物動態研究に活用する際に有用な情報となり,創薬に貢献できれば幸いです.特にヒト肝キメラマウスは他の実験動物にはないヒト肝細胞を有するユニークな特徴を有しており,創薬研究でのヒト薬物動態予測において極めて重要な位置にあると考えております.本受賞を励みにこれからも高度化したヒト型薬物代謝モデル動物の開発研究を精力的に進め,創薬の効率化・加速化に貢献したいと思います.
最後に,日本薬物動態学会奨励賞選考委員の諸先生方に感謝申し上げます.上述の研究成果は,異動の先々にて出会った多くの皆様のかけがえのない御指導と御協力の賜物です.私のこれまでのすべての研究に対して温かいご指導ご鞭撻を賜り,本賞にご推薦いただきました山崎浩史先生(昭和薬科大学)に厚く御礼申し上げます.温かいご指導ご鞭撻を賜りました末水洋志先生(実験動物中央研究所),宇野泰広先生(鹿児島大学),鵜藤雅裕先生(株式会社新日本科学),清水万紀子先生(昭和薬科大学),村山典恵先生(昭和薬科大学)に心より感謝致します.また本研究推進に多大なる御協力を賜りました国内外の共同研究者の皆様,実験動物中央研究所の皆様,本研究を共に進めてくれた昭和薬科大学大学院生および学部生の皆様に心より感謝致します.