Newsletter Volume 37, Number 1, 2022

受賞者からのコメント

美馬伸治

ベストポスター賞を受賞して

富士フイルム株式会社
ライフサイエンス事業部 兼 バイオサイエンス&エンジニアリング研究所
美馬伸治

 この度,日本薬物動態学会第36回年会において,「ヒトiPS細胞由来腸管上皮細胞の特性と薬物吸収評価モデルへの応用」という演題にて,ベストポスター賞という栄誉ある賞を授かり,大変光栄に存じます.ご審査いただきました選考委員の先生方および日本薬物動態学会の皆様に心より御礼申し上げます.

 経口薬剤は幅広く用いられている薬剤の形態です.効率的な経口薬剤の開発には消化管,特に小腸からの吸収予測は極めて重要な課題です.吸収予測モデルとして,これまではCaco-2細胞などの培養細胞を用いる方法や,マウスなどの実験動物を使った試験が用いられてきましたが,ヒト生体小腸とは異なる代謝酵素活性や種差などによって予測精度が低いことが問題となっています.

 我々は弊社のヒトiPS細胞培養・制御技術と名古屋市立大学の松永教授が開発された小腸細胞への分化誘導技術を組み合わせ,ヒト生体小腸の特性を多く兼ね備えた細胞(F-hiSIEC™)を開発しました.この細胞はヒト生体小腸と同程度のCYP3A4活性,P-gp,BCRPなどのトランスポーター活性を示すだけでなく,Villin1,FABP2など成熟した腸管上皮のマーカーも発現しています.本研究ではこれらの知見に加えF-hiSIECのバリア機能の調節機構とM細胞を介した吸収について報告しました.

 F-hiSIECを用いた評価モデルのバリア機能は炎症性サイトカインで低下し,腸内細菌代謝物である短鎖脂肪酸で向上しました.この結果は,F-hiSIECを用いた評価モデルが,ヒト生体小腸と同様に炎症と腸内細菌代謝物によるバリア機能の変化を再現していることを示唆しており,本細胞がバリア機能のモジュレーターの開発に有効であることを示しています.また,F-hiSIECに含まれるM細胞は温度依存的に粒子を取り込む活性を示しました.この結果はF-hiSIECは粒子化した薬剤の吸収予測モデルとしても使用できることを示唆しています.

 以上の知見より,F-hiSIECを使用したモデルは,低分子だけでなく環状ペプチドなどの中分子,ナノビーズ化した薬剤や経口ワクチンなど,新しいモダリティの吸収評価にも使用可能な強力なツールになることが期待されます.今後も薬物動態研究の課題解決につながる細胞・アプリケーション開発を進めていきたいと考えておりますので,研究者の皆様の忌憚のないご意見,ご要望をお寄せいただければ幸いに存じます.

 最後になりましたが,名古屋市立大学薬学部の松永民秀先生,岩尾岳洋先生,弊社先進研究所研究員の皆様,ライフサイエンス事業部の皆様にこの場をお借りして心より深謝いたします.