Newsletter Volume 36, Number 1, 2021

受賞者からのコメント

顔写真:高岡尚輝

優秀口頭発表賞を受賞して

広島大学 大学院医歯薬保健学研究科
生体機能分子動態学研究室

高岡尚輝

 この度は,日本薬物動態学会第35回年会におきまして,優秀口頭発表賞という栄誉ある賞を授かり大変光栄に思います.ご審査いただきました選考委員の方々をはじめ,日本薬物動態学会関係者各位に厚く御礼申し上げます.

 ヒトを含む哺乳動物が感じる匂いは,鼻腔内の嗅上皮に存在する嗅細胞が空気中の匂い成分を認識することで生じます.嗅覚系において匂いセンサーとしての役割を担うこの嗅上皮には,薬物代謝酵素が数多く発現します.一般的に,匂い成分は,芳香環,エステル,アルデヒドなどの典型的な化学構造を有する揮発性有機化合物であるため,嗅上皮に発現する薬物代謝酵素は鼻腔内において匂い成分を代謝し,匂いの知覚に関与する可能性が考えられます.その一例として,benzaldehydeなどのアルデヒド基を有する匂い成分がマウスの鼻腔内において酸化,還元されることが報告されています.しかしながら,どの薬物代謝酵素がこのアルデヒド基を有する匂い成分の代謝に関与するのかは未解明なままでありました.

 一方で,幅広いアルデヒドの酸化反応を担う薬物代謝酵素にアルデヒド酸化酵素 (AOX) があります.マウスなどのげっ歯類において,本酵素はAOX1,AOX2,AOX3およびAOX4分子種が発現し,そのうちAOX2がマウスの嗅上皮に局在することが知られていました.そのため,このAOX2がアルデヒド基を有する匂い成分の鼻腔内代謝に関与する可能性が想定されました.そこで本研究では,嗅上皮に発現するこのAOX分子種がアルデヒド基を有する匂い成分の代謝に関与する可能性を検討しました.

 AOX2の組み換え精製酵素を用いて,アルデヒド基を有する匂い成分に対する基質特異性を評価した結果,本酵素の反応性は脂肪族アルデヒドに比べて芳香族アルデヒドに対して顕著に高いことが明らかになりました.また,AOX2阻害剤を探索した結果,menadioneやraloxifeneなどの強力な阻害剤を見出しました.次に,実際のマウス嗅上皮における匂い成分の代謝を評価するため,マウス嗅上皮S9と芳香族アルデヒドを反応させた結果,そのカルボン酸代謝物が反応時間依存的に生成され,同定したAOX2阻害剤(menadioneなど)の共添加によりこの代謝物生成が顕著に抑制されました.さらに,Western BlotやReal-time PCRによるAOX発現評価の結果,C57BL/6系統マウスの嗅上皮にはAOX2だけでなくAOX3もまた発現することが見出されました.そこで,AOX2およびAOX3の阻害特異性の違いに着目し,マウス嗅上皮でのアルデヒド匂い成分の酸化代謝における両分子種の寄与を評価した結果,両分子種の寄与率は同程度であることが示唆されました.以上より,嗅上皮に発現するAOX2およびAOX3は,芳香族アルデヒド匂い成分の酸化代謝に関与することが明らかになりました.今後,同定したAOX阻害剤を利用し,嗅上皮AOXによる匂い成分の代謝変換が実際のマウスの嗅覚に与える影響を評価していこうと考えています.

 最後になりましたが,本研究の遂行に際しましてご指導頂いた当研究室の佐能正剛助教,古武弥一郎教授,マリオネグリ薬理学研究所のDr. Enrico Garattini,Dr. Mineko Teraoをはじめ共同研究者の皆様にこの場をお借りして深く御礼申し上げます.