受賞者からのコメント
創薬貢献・北川賞を受賞して
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この度,「薬物相互作用研究に基づく医薬品開発の推進」という題目にて,令和2年度の日本薬物動態学会 創薬貢献・北川賞の栄誉を賜り,大変光栄に存じます.ご推薦頂きました,大塚製薬株式会社 樫山英二博士および選考委員の先生方に厚く御礼申し上げます.今回の受賞は,田辺三菱製薬で私が関わった薬物相互作用研究に加え,「医薬品開発と適正な情報提供のための薬物相互作用ガイドライン」(以下,DDIガイドライン:2018年7月 厚生労働省医薬・生活衛生局より発出)の作成に,学会推薦の企業研究者として関わったことを評価頂いたものと思います.この場をお借りしまして,田辺三菱製薬の同僚およびDDIガイドラインの作成でご一緒させて頂いた諸先生方に深く感謝申し上げます.
本稿では,入社後,社内外の多くの先人や同僚との交流の中でこそ,薬物動態研究の専門性のみならず,企業研究者の社会的役割を認識することができたことなど,薬物動態研究に携わる後進の気づきにもなればと考え,思うことを自由に述べさせて頂きたいと思います.
入社と出会い
学生時代,癌の耐性メカニズムに興味を持ち,所属講座の研究とは全く異質の研究テーマを起案し,手始めにと,日本癌学会で知り合った癌研究所の某先生(故 鶴尾 隆先生の門下生)からシスプラチン耐性株を譲渡して頂いたことがありました.その後,癌研究を志して,1986年に田辺製薬(現 田辺三菱製薬)に入社したのですが,配属先は今でいう薬物動態部門であり,開発候補化合物の放射性ラベル体を自身で合成するところから研究がスタートしていました.今でこそ,その後にP糖タンパク(P-gp)の発見者となる鶴尾先生のラボとの関わりが,運命を引き寄せたものと勝手に解釈していますが,当時は,入社後1~2年が勝負だと粋がって就職しただけに,異分野の業務習得と同時に先輩らとの差別化を図ることに必死だったことを記憶しています.
さて,受賞対象である薬物相互作用研究ですが,その基本は分子生物学の発展に伴う薬物代謝酵素や薬物トランスポーターの同定と寄与推定,並びにそれらの動物種差を明らかにすることだと思います.1994年に,当時,薬物代謝研究において最先端かつ最も厳しい指導で有名だった鎌滝哲也先生(北海道大学名誉教授)の下で,1年間の研究生活を送る機会を得ました.鎌滝研での研究成果は,その後,直接ご指導して頂いた横井 毅先生(現 名古屋大学教授)および母校の原 明先生(元 岐阜薬科大学教授)のお陰で,2007年に「アルドーケト還元酵素の個体差と遺伝子多型に関する研究」で,日本薬物動態学会奨励賞を受賞することができました.当時の鎌滝研の主たる研究対象は,シトクロムP450(CYP)だったのですが,その分子種同定と遺伝子多型解析の手法をnon-CYP分子種にも適応することで,薬物還元酵素では世界初の遺伝子多型を見出す幸運に恵まれました.ここでの経験が,受賞対象である企業研究の基礎となりました.
製薬企業での薬物相互作用研究
医薬品開発において,薬物代謝が関わる薬物相互作用の定量的予測には,被験薬(あるいは開発候補化合物)の代謝消失における各酵素分子種の寄与率を明らかにすることが重要です.当時,CYPが関与する代謝では,CYP3A4に代表される各CYP分子種の寄与率を推定する方法論が概ね確立されていましたが,non-CYP酵素群の分子種については研究途上でした.この点に着目されていた横井先生のお声掛けにより,イミプラミン,エトポシドおよびフェニトインなどを題材とした,UDP-glucuronosyltransferase(UGT)分子種の同定に関する共同研究の機会を頂きました.ここでの経験を基礎とし,同僚の鍛冶秀文氏と共に,各UGT分子種に対する阻害剤や分子種選択性の高いモデル基質,並びにUGT発現系ミクロソームを用いることで,自社品であるアフロクアロン,デノパミンおよびTA-1801の代謝に関与するUGT分子種の推定を行い,これら医薬品(および開発候補化合物)の薬物相互作用リスクの程度を明らかにすることができました.これらの成果は,DDIガイドラインにおいて,「第II相酵素のうち,被験薬が主にUGTで代謝される場合には(中略),主要な薬物代謝酵素であった分子種に加えて,比較的多くの医薬品の代謝に関与することが知られている分子種(UGT1A1,UGT2B7等)に対する阻害作用を検討することが推奨される」との記載を支持するものとなりました.
また,CYPに次いで,医薬品の酸化代謝に広く関与するflavin-containing monooxygenasについても,熱不安定性を利用した寄与率評価が報告されていたものの,詳細な評価条件は確立されていませんでした.そこで,FMO研究で著名な山崎浩史先生(昭和薬科大学教授)のご協力を得て,同僚の谷口友美氏と共に,FMOの典型的代謝反応として知られているベンジダミンN-水酸化反応をモデル反応として,CYPで触媒されるベンジダミンN-脱メチル化反応を比較対象とすることで,FMOを選択的に不活性化する熱処理条件,およびCYPの選択的阻害剤(1-aminobenzotriazole)の添加条件を明らかにしました.自社品であるdipeptidyl peptidase-4(DPP4)阻害薬のテネリグリプチンは,ヒトにおける消失経路として薬物代謝と腎排泄の両方を有し,肝機能障害や腎機能障害時でも投与量調整の必要性が少ない薬剤として知られています.これに加え,同僚の仲丸善喜氏らの研究により,その酸化代謝にはCYPとFMOが同程度寄与していることを明らかすることができ,CYP阻害薬との併用時においても薬物相互作用の影響が小さく安全性の高い薬剤であることが,臨床試験での検証を含め証明されました.
げっ歯類とヒトとの間には,薬物代謝において大きな種差が存在することが知られていたため,ヒトにおける薬物相互作用を予測・解析するためのin vivo動物モデルについての研究はほとんどなされていませんでした.そこで,以前に鎌滝研を中心に行われていたCYP分子種の種差解析の結果にヒントを得て,ヒト遺伝子配列との相同性が最も高い実験動物であるカニクイザルに注目し,in vivo動物モデルとしての検証に着手しました.この研究では,同僚である小笠原明人氏,大塚達也氏,高橋剛視氏の功績が挙げられます.紙面の都合上,多くをご紹介できないのが残念ですが,これまでになされたサルを用いた先駆的な薬物相互作用研究(直接および時間依存的阻害,誘導)のほとんどは上記3氏の成果であり,CYP3Aを介する薬物相互作用試験のモデル基質としてのアルプラゾラム,OATPを介する場合のピタバスタチンの有用性を明らかにすることができました.その研究過程において,当該試験を行う際の留意点としてのサルでの小腸CYP3Aの高発現や,フェキソフェナジンをモデル基質に用いることで,小腸でのP-gp阻害試験モデルとしてのサルの有用性も明らかにしました.
社外の研究者との交流
製薬関連企業に所属する薬物動態研究者の研鑽の場である薬物動態談話会(現会長:杉山雄一先生/理化学研究所)において,2004年よりセミナー講師,2009年より常任幹事を務めてきました.本会は,国内の薬物動態分野の若手研究員の育成に主眼を置いており,私自身も故 池田敏彦先生(当時:三共株式会社)をはじめ,多くの企業研究者の先人から様々な薬物動態研究のナレッジと共に,企業研究者としての心構えを学びました.僭越ながら,後進を育成する役割を与えられてから15年以上が経過しましたが,セミナー講師を務めていた頃の受講者である若手研究員が,今や各社のリーダー格となり,受講時の思い出話と共に声を掛けてくれることは望外の喜びです.今年度の7-9月期の話題のドラマ「半沢直樹」の名セリフに,仕事の心得として「大事なのは,感謝と恩返しだ」という言葉がありました.私の出会った多くの先達者が異口同音に,同様の言葉を発してくれたお陰で,これが私の企業研究者としての信条となり,今回の受賞に至ったものと思っています.
終わりに
本受賞のきっかけとなる学会活動への道を開いて頂いた恩師の大塚峯三氏(元 田辺製薬株式会社),そして本紙面には名前を挙げられなかった田辺三菱製薬の多くの研究仲間との出会いに感謝し,共に患者さんに医薬品を届ける業務に貢献できたことを幸せに感じながら筆を置きたいと思います.