Newsletter Volume 34, Number 4, 2019

トピックス

第33回年会シンポジウム「薬物動態・毒性領域における新規評価ツールとその規制
(Novel drug developmental tools on DMPK/toxicity and their regulation)」

顔写真:石田誠一

Efforts for the development of Pharmacokinetic Tests aimed at Alternatives to Animal Experiments Considering OECD’s movements

国立医薬品食品衛生研究所 薬理部
石田誠一

 欧州連合(EU)域内では1993年から議論が始まり,幾度かの延期や修正を経て2013年より動物試験により安全性評価を受けた化粧品成分並びにその成分を含む化粧品がEU域内で流通することを法的に禁止した.これは一般のニュースでも取り上げられるほど経済活動や市民生活にも影響のある決定であった.経済協力開発機構(OECD)では化学物質やその混合物のヒト健康影響などの評価を進めているが,そこで用いる評価法について動物試験を代替するin vitro試験法の開発と整備を推進してきている.動物試験の代替は何より動物愛護の観点が重要であり,化学物質だけでなく医薬品の開発過程においても動物実験の削減と代替法への移行は好ましい流れである.さらに,異なった観点から見ると,in vitro試験法はヒト由来細胞を用いて試験系を構築することが可能であるため,薬効や毒性のヒト予測性で常に問題となる“種差の壁”を解消する手段としても開発が望まれている.しかしながら,例えばマウスの個体を用いて行ってきたヒト健康影響の評価試験を一つのin vitro試験法で代替するのが不可能であるのは当然である.そのため,OECDでは複数の試験法を確立して,それぞれをTest Guidelineとして公表してきている(http://www.jacvam.jp/effort/effort02.html).この際留意すべきは,腐食性試験,皮膚感作性試験,皮膚刺激性試験など試験項目が細分化されており,さらにそれぞれの試験で複数のTest Guidelineが承認されている点である.動物個体では一つの試験で確認が可能であった有害性事象がin vitro試験法では複数の試験から判断することが必要になっている.そこで,どのような試験法の組み合わせが必要かについて考える指針として,有害性事象の発現を外来異物(化学物質や医薬品等の分子)と細胞の機能性分子(たとえば膜表面レセプターや核内レセプター)との結合という分子レベルでの相互作用から細胞内応答,さらに組織での応答とそれが引き起こす全身性の個体応答と段階を追って解釈する手法(有害転帰経路,Adverse Outcome Pathways:AOP)の整備が進められている(https://aopwiki.org/events).今後,AOPの素過程を評価するTest Guidelineの開発が進むと予想されるが,数多くあるTest Guidelineに記載されたin vitro試験法をどのような組み合わせで化学物質の毒性予測に用いるかの考え方がIATA(Integrated Approaches to Testing and Assessment,http://www.oecd.org/chemicalsafety/risk-assessment/iata-integrated-approaches-to-testing-and-assessment.htm)である.現時点では,一つの有害事象に対して用意された複数のTest Guidelineが規定するin vitro試験法の組み合わせを考えることが多い.しかしながら,動物実験の代替を目指す場合,今後は全身暴露の評価が取り組むべき課題となっている.全身暴露を臓器ごとの素過程に分解して考える場合,素過程とは各臓器における化合物のin vitro毒性評価試験である.IATAとして全身暴露を再構築するためには,各素過程のin vitro毒性評価試験をいかに組み合わせていくかを規定していく必要性が出てくるが,そのためには対象とする化合物の体内動態を考慮することは必須となってくる.たとえば,ある化学物質は吸収された後,代謝を受け代謝産物が全身に分布するのか,原体が体内に分布するのか,また,分布した原体もしくは代謝産物はどのくらい各臓器に移行するのか,ということを加味して各臓器のin vitro毒性試験結果の重みづけ(WE:weight of evidence)をしていくことが必要になってくると考えられる.では,いかに化学物質の体内動態を予測していくか.その点について,現在OECDでは生理学的薬物速度論(PBPK)モデルを用いたsimulationによるin silico予測に関するガイダンス策定に向け有識者会議での検討が進行中である.化学物質を構造の類似性からグループ化し体内動態予測を行うのが基本の考え方であり,ケーススタディの章では解析手法の背景やモデル構築における仮定,各パラメータの感度分析の結果表記などを規定した上で,複数のモデルを挙げて化学物質の体内動態解析例を示している.化学物質の評価については動物試験の代替が主流のため,このガイダンスの中で基礎となっている論点は,新規化合物に関しては動物試験やヒト暴露によるin vivoデータがごく限られているか全くない状況で,in vitro試験から得られたPKパラメータからいかに全身の化学物質動態を予測するか,という点にある.そもそも化学物質は医薬品と異なりヒトでの動態試験のデータが限られるため,PBPK simulatorとそこに組み込むパラメータの妥当性の評価が難しいうえ,動物モデルでのin vivoデータが乏しい場合のPBPK simulationモデルの適用限界をいかに規定するかが重要と考える.そのため,ガイダンスのなかでは将来の技術として,MPS(Microphysiological Systems:生体模倣システム)を取り上げる予定である.MPSは,Organ(s)-on-a-chipとかbody-on-a-chipという呼び名で2000年代初頭から開発が進む培養手法である.実験室内での化学反応をミニチュア化してチップ上での反応に置き換えるLab-on-a-chipと呼ばれる技術からの転用で,微細流路加工技術を用い微小な培養空間に各種臓器細胞を培養し,その培養ユニット間に培地を潅流することで人体を模倣しようという培養手法である.ヒトiPS細胞から各種臓器細胞が分化誘導できるようになりつつあり,薬物動態を担う臓器(吸収:腸管,皮膚,肺,分布:血管,血液脳関門,代謝:肝臓,排泄:腎臓など)を配置することで化学物質の体内動態予測のwet simulatorとして機能することが期待されている.

 以上本講演では,化粧品およびその原料成分の安全性評価を取り巻くEUの環境とそれに対応するために進めているOECDのTest Guideline策定の状況,さらにTest Guidelineに規定されているin vitro試験法を組み立てるための基礎となるAOPに基づいた生体応答の理解と複数のin vitro試験法を複合的に用いるIATAについて紹介した.一方で,化学物質はヒトのデータが不足しているため,in vitro試験法のみで全身暴露評価を進めるための新規技術としてMPSについて概説を行った.