Newsletter Volume 34, Number 1, 2019

技術・研究材料紹介(企業広告)

NanoDiscを用いたP450の再構築法および分光学的測定法による
基質結合能評価法のご紹介

シスメックス株式会社
R&I事業推進部 タンパク事業推進グループ
久保裕之

はじめに

 シトクロムP450(P450)は薬物代謝の中心的な役割を果たす酵素である為,P450に対する薬物の結合能を評価することは,創薬プロセスにおいて重要である.P450は活性中心にヘムを内包することから,基質の結合によって生じるヘム由来の可視吸収スペクトルの変化を測定することで結合能を評価することができる.しかしながら,膜タンパク質であるP450は,生体内ではリン脂質から構成される膜に挿入された形で存在している為,界面活性剤で可溶化されたものとは存在する環境が大きく異なり,この環境の違いが結合能の評価に影響を与えることが考えられる.このような問題を解決する方法の一つに“NanoDisc”と呼ばれる手法がある.これは,膜タンパク質を水溶性の脂質二重層のナノ構造体として再構築する技術の一つであり,生体内に近い環境で膜タンパク質を取り扱うことを可能とする(図1).NanoDiscで再構築されたP450は,可溶化P450と結合能に違いが生じることが報告されている[1].

Membrane protain(Solubilization with detergent)とMembrane Scaffold Protein(MSP)とPhospholipidから,膜タンパク質を再構築する図.再構築する際,Membrane protainのdetergentは取り除かれる.MSP1D1→Φ9.8nm,MSP1E3D1→Φ12.9nm
図1.NanoDiscによる膜タンパク質の再構築法

 一方,P450の代謝活性はヒトゲノムの一塩基多型(SNP)により影響を受ける場合があり,薬剤投与後の血中濃度の個人差に繋がる.例えば,CYP2C9*3(Ile359Leuに対応)は日本人の2.6%に認められ,抗凝固剤Warfarin代謝能が低下する結果,常用量の投与により副作用が現れる.現状では,SNP情報のみでは薬物代謝の実態を完全に把握することはできず,将来的な個別化医療の実現の為には,SNP情報とSNPによる薬物代謝能の変化を結びつける研究が急務となっている.

 以上の観点から,SNP情報と薬物代謝の関係を検証可能な分光測定法によるP450基質結合能評価法について検討したので紹介する.具体的には次の4項目を実施した.

  1. カイコ-バキュロウイルス発現系を用いた,遺伝子多型を含む3種類のCYP2C9(*1, *2, *3)の調製
  2. NanoDisc化技術を用いた,水溶性で分光測定に適したCYP2C9-NanoDiscの構築
  3. CYP2C9で代謝される代表的な基質3種に対する基質誘導スペクトル変化の測定および各基質の結合パラメータの算出
  4. 遺伝子多型の違いによる反応性の比較およびP450基質結合能評価法としての有用性を評価

 

CYP2C9の調製およびNanoDiscによる再構築

 リコンビナントCYP2C9(*1, *2, *3)の調製には,カイコ-バキュロウイルス発現系を用いた.この発現系はカイコ虫体で組換えタンパク質を発現させるユニークな系であり,薬物動態に関わるP450分子種の発現において良好な結果が得られている.可溶化・精製した各CYP2C9にNanoDiscの構成要素であるMembrane scaffold protein(MSP1D1)とリン脂質(POPC)を添加し,可溶化に用いた界面活性剤を除去することによってCYP2C9を挿入したNanoDiscを構築した.調製した3種のCYP2C9(SNPs)-NanoDiscの電気泳動図を図2に示した.

CYP2C9*1-NanoDisc,CYP2C9*2-NanoDisc,CYP2C9*3の,CYP2C9-FLAG®(57kDa)とHis-MSP1D1(25kDa)をそれぞれ比較した図.アプライ量はCYP2C9*1から順に,1000ng/Lane,500ng/Lane,250ng/Lane.Gel: 5-20% acrylamide, Stain: CBB 図:P450-NanoDiscイメージ
図2.CYP2C9(SNPs)-NanoDiscの泳動図(上)およびP450-NanoDiscイメージ図(下,引用[2])

 

基質結合能の測定手順

 各CYP2C9(SNPs)-NanoDiscの一酸化炭素(CO)結合差スペクトルを測定することにより,NanoDiscに挿入されたCYP2C9分子の濃度を求めた.384-well plate上にて,一定濃度に固定したCYP2C9-NanoDiscと基質の希釈系列を37℃で10分間反応させた後,分光光度計で波長350-500nm間のスペクトルを測定した.この時,各反応液中のCYP2C9濃度は,基質濃度依存的なスペクトルの変化が観測できる濃度として1μMに調整した.基質は,CYP2C9で代謝される代表的な3種の基質(Diclofenac,(S)-Flurbiprofenおよび(S)-Warfarin)を用いて終濃度0.8-300μMの範囲で反応させ,反応液中のメタノール濃度は1.5%とした.いずれの基質においても,濃度依存的に420nm付近の吸収極大が390nm付近へシフトするType I型の基質誘導スペクトル変化が観測された.一例として,CYP2C9*1-NanoDiscとDiclofenacを反応させた場合の基質誘導スペクトル変化を図3に示した.この時,波長390nmおよび420nmの変化量A(390-420nm)と基質濃度の関係はMichaelis-Menten型の反応曲線を示し,Substrate concentration([S]),Spectral dissociation constants(Ks)およびAmplitude corresponding to maximal spin shift(Amax)の関係は以下の式で表される.よって,Lineweaver-Burk plot解析よりKsおよびAmaxが求められる(図4).

式:⊿A(390-420nm)=Amax[S]/Ks+[S]
縦軸がAbsorbance,横軸がWavelength(nm)の,基質誘導スペクトル変化を表したグラフ 縦軸がAbsorbance Difference,横軸がWavelength(nm)の,基質誘導スペクトル変化の波長390nmおよび420nmの変化量を表したグラフ
図3.基質誘導スペクトル変化(左:生データ,右:波長390nmおよび420nmの変化量)
縦軸が⊿A(390-420nm),横軸がDiclofenac(μM)の反応曲線のグラフ 縦軸が1/⊿A,横軸が1/[S](1/μM)のLineweaver-Burk plotのグラフ.y=74.556x+17.668,R^2=0.996
図4.反応曲線(左)およびLineweaver-Burk plot(右)

 

解析結果

 各基質とCYP2C9(SNPs)–NanoDiscの反応スペクトルから求めたKsおよびAmaxを以下の表1〜3に示した.基質が(S)-Flurbiprofenの場合,CYP2C9(SNPs)–NanoDiscから得られた測定値は,可溶化CYP2C9にリン脂質(DLPC)を添加した反応系で得られた参考値[3]と同様の結合能を示した(表1).また,他の2つの基質Diclofenacおよび(S)-Warfarinに対しても,CYP2C9*3-NanoDiscではKsが大きく増加する結果が得られており,既報のCYP2C9遺伝子多型の代謝活性の違いをおおよそ反映した結果であったと考えている(表2および表3).

表1.基質:(S)-Flurbiprofen

CYP2C9-NanoDiscs 測定値 参考値[3]
Ks(μM) Amax
(x103)
Amax/Ks Ks(μM) Amax
(x103)
Amax/Ks
CYP2C9*1
(Wild type)
4.3 55.7 12.8 7.5 No data No data
CYP2C9*2
(Arg144Cys)
2.3 44.1 19.4 4.5 No data No data
CYP2C9*3
(Ile359Leu)
19.7 37.5 1.9 13.8 No data No data

表2.基質:Diclofenac

CYP2C9-NanoDiscs 測定値 参考値[4]
Ks(μM) Amax
(x103)
Amax/Ks Km(μM) Vmax
(pmol/min/pmol P450)
Vmax/Km
(μl/min/nmol P450)
CYP2C9*1
(Wild type)
4.2 56.6 13.4 3.9±0.3 35.6±1.3 9.16±0.29
CYP2C9*2
(Arg144Cys)
2.7 49.2 18.0 No data No data No data
CYP2C9*3
(Ile359Leu)
26.9 40.7 1.5 12.6±2.8 33.3±2.6 2.69±0.76

表3.基質:(S)-Warfarin

CYP2C9-NanoDiscs 測定値 参考値[4]
Ks(μM) Amax
(x103)
Amax/Ks Km(μM) Vmax
(pmol/min/pmol P450)
Vmax/Km
(μl/min/nmol P450)
CYP2C9*1
(Wild type)
2.6 19.4 7.4 5.8±0.8 0.248±0.018 43.7±7.0
CYP2C9*2
(Arg144Cys)
1.8 10.6 6.0 No data No data No data
CYP2C9*3
(Ile359Leu)
11.5 12.6 1.1 21.6±1.5 0.111±0.012 5.1±0.6

 

おわりに

 NanoDisc化したCYP2C9の基質誘導スペクトル変化を測定することで,基質の結合能を分光学的に評価できる手法を紹介した.本手法はプレートリーダーのみで測定可能な簡易評価法であり,化合物の代謝プロファイル解析やP450の一塩基多型解析に有用な手法になると期待される.また,本稿で紹介したNanoDiscによる膜タンパク質の再構築法は,P450分子種のみならず,他の膜タンパク質にも適用可能な手法である.膜タンパク質を生体内に近い環境に再構築し,水溶性の構造体として取り扱うことを可能にする技術であることから,薬物相互作用の検討に有用な手法であると思われる.

参考文献

 

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