Newsletter Volume 33, Number 6, 2018

受賞者からのコメント

写真:千葉雅人

創薬貢献・北川賞を受賞して

株式会社ブレイゾン・セラピューティクス
千葉雅人

 この度,「新薬創製の夢を追って」という題目で,平成30年度日本薬物動態学会創薬貢献・北川賞の栄誉を賜り,大変光栄に存じます.創薬貢献・北川賞にご推薦頂きました,大塚製薬株式会社 樫山英二博士及び選考委員の先生方に厚く御礼申し上げます.今回の受賞では,メルク医薬品研究所,万有製薬株式会社つくば研究所並びに大鵬薬品工業株式会社薬物動態研究所において関わった創薬研究を評価いただいたものと深く感謝申し上げますとともに,関係者の皆様方にお礼申し上げます.本稿では私の創薬研究のキャリアを紹介させていただきます.

メルク医薬品研究所での創薬研究

 カナダ・トロント大学薬学部K. Sandy Pang教授の下,MID法(多標識体希釈法)による肝臓内薬物動態の解析にポスドクとして2年間従事したのち,メルク医薬品研究所・薬物代謝研究部(ペンシルベニア州ウェストポイント)に採用されました.研究部を構成する最小単位である研究室のリーダー(Principal Investigator)として,4から6名の創薬研究者とともに以下の業務に従事しました:①HIVプロテアーゼ阻害薬クリキシバン®(インジナビル:1996年承認)及びロイコトリエン受容体拮抗薬シングレア®(モンテルーカスト:1998年承認)の開発チームに参加して,承認取得のための非臨床薬物動態試験及びNDA(New Drug Application,新薬承認申請)の該当セクションを担当しました.②トロント大学医学部(稲葉忠信教授)及びセントルイス大学医学部(Albert P. Li先生)との協力の下,研究部内で共有するためのヒト肝臓試料バンクを設立しました.この試料を用いることで,探索段階での化合物構造最適化過程に,薬物動態特性のスクリーニング(代謝安定性・P450阻害・代謝ソフトスポット同定スクリーニング)を組み入れることで,効率良く最適化を支援し,また,その重要性を創薬化学者と共有することができました.③インジナビルのフォローアップ開発テーマとして,耐性ウィルスに有効な化合物を探索するプロジェクトで,代謝安定性の向上が極めて困難であったことから,インジナビルとの併用(インジナビルのCYP3A4阻害による開発候補化合物の代謝安定化)を提唱し,新たなプロジェクトを立ち上げました.代謝相互作用による開発候補化合物の代謝安定化は,臨床でも確認され,本薬の良好な薬物動態から,低用量で耐性ウィルスに対して有効性が高いレジメの確立に成功しました.

万有製薬から大鵬薬品工業での創薬研究

 2000年に,メルクの子会社である万有製薬株式会社の薬物動態研究所が,つくば研究所内に設立されるタイミングで移籍しました.当初は,薬理研究所内での少人数のグループで,つくば研究所内での基礎研究所から合成される開発候補化合物の薬物動態特性のスクリーニング及びプロファイリング評価を行っていました.ここでのユニークな評価系の一つとして,凍結保存された肝細胞を融解して100%血清に分散させた系で,直接(血漿タンパク結合による補正なしで)肝代謝クリアランスを計算して,肝クリアランスを予測する系が確立されていました.その後,ヒトの凍結肝細胞に加えて,複数の動物種の凍結肝細胞も入手することができるようになり,ヒトの凍結肝細胞を用いて測定された肝代謝クリアランスから,ヒトでの肝クリアランスを予測するin vitro-to-in vivo extrapolation(IVIVE;外挿の予測性)を,各種の動物より得られたin vitro-in vivo correlation(IVIVC; in vitroin vivoの関連性)の精度から保証するプロセスを組み込んだ肝クリアランス予測及びヒトでの薬効投与量の予測を行うパラダイムを確立しました.万有製薬から大鵬薬品工業までを通して,20以上の臨床開発候補化合物での予測性を検討した結果,明らかに非線形体内動態を示した化合物を除いて,良好な精度をもって予測できることが明らかとなりました.特に,探索後期では,モデル動物での薬効試験や毒性試験などのデータと合わせて,薬効用量の予測結果が,開発候補化合物の開発ステージへのステージアップの判断に,重要な情報の一つとなりました.

 万有製薬での糖尿病治療薬の開発候補化合物の探索では,ある候補化合物のラットの動態で,経口投与後のAUCが10倍以上異なる2つの群(Fast and Poor metabolizers)に分かれ,静脈内投与後の肝クリアランスが両群で10倍程度異なることから,この化合物の代謝にかかわるP450のPolymorphismによる影響であることが明らかとなりました.非近交種であるWistar及びSDラットでは,10倍以上の個体間変動が認められましたが,一方,近交種であるFischer 344ラットでは,調べた限りで全ての個体でFast metabolizerしか見られませんでした.この化合物は,ラットのCYP2D1で特異的に代謝されていました.CYP2D1には418A/421C(IID1v or db1)と418G/421T(IID1)の2つの遺伝子型が知られており,それぞれを仮にFとSアレルとすると,今回のFast metabolizer は,F/Fまたは,F/Sであり,一方,Slow metabolizerは,S/Sであることが明らかとなりました.この化合物でGLP毒性試験を実施しましたが,試験実施前に,全てのSDラット(476匹)に対してGenotypingを行い,Slow metabolizerを選別して試験に使用したことが印象に残っています.このことから,ルーチンである探索試験の中にも,興味深いメカニズムが眠っている可能性があることに気づきました.

おわりに

 メルク医薬品研究所,万有製薬株式会社つくば研究所並びに大鵬薬品工業株式会社薬物動態研究所でのキャリアを通して,医薬品の創製に貢献できたことを幸せに思い,受賞の言葉とさせて頂きます.