受賞者からのコメント
奨励賞を受賞して金沢大学医薬保健研究域薬学系 薬物代謝安全性学研究室
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この度,「医薬品毒性および動態理解を目指したnon-CYP薬物代謝酵素の新規機能解明」という題目にて平成30年度日本薬物動態学会奨励賞の栄誉を賜り,大変光栄に存じます.日本薬物動態学会会長 山崎浩史先生,選考委員長の齋藤嘉朗先生および選考委員の先生方,本賞にご推薦頂きました中島美紀先生をはじめ,関係の先生方に深く感謝いたします.本稿では,受賞対象となりました研究について簡単に紹介させていただきたいと思います.
1.医薬品毒性に関与する加水分解酵素の解析
医薬品の加水分解酵素としてカルボキシルエステラーゼ(CES)がよく知られており,主にプロドラッグの代謝的活性化の観点から研究されてきました.医薬品の中には加水分解反応が毒性に関与することが示唆されているにも関わらず,その責任酵素が不明なものがありました.それらはCESによる加水分解反応で説明できないものが多く,CES以外の加水分解酵素の存在が示唆されていました.CESなどのセリンヒドロラーゼ(活性中心にセリン残基を有する加水分解酵素)を認識するプローブを用いた解析で,ヒト肝臓の小胞体にはCESの他にアリルアセタミドデアセチラーゼ(AADAC)が発現していることが報告されていました.1)AADACは環境化学物質である2-アセチルアミノフルオレンを加水分解することのみ知られていましたが,医薬品の加水分解に関する情報はありませんでした.そこで,ヒトAADAC発現系を構築し生体内で加水分解されるにも関わらずその責任酵素が不明であった薬物を中心にその薬物代謝能を解析したところ,フルタミド,フェナセチン,リファンピシン,インジプロン,ケトコナゾールと複数の医薬品がAADACにより加水分解されることを見出しました.例えば,前立腺癌治療薬フルタミドはCYP1A2により水酸化されて薬理活性代謝物へ変換されますが,一部はAADACにより加水分解され,肝障害の原因代謝物へ変換されることを明らかにしました.2)解熱鎮痛薬フェナセチンは,ほとんどがCYP1A2により代謝されアセトアミノフェンへ変換されますが,その反応とは別に,AADACにより加水分解されて生成する代謝産物が市場撤退の原因となったメトヘモグロビン血症を引き起こすことをin vitroおよびマウスを用いたin vivo実験において明らかにしました.3, 4)また,真菌症治療薬ケトコナゾールもAADACにより加水分解されることで肝障害を示すことを明らかにしました.5)このように,AADACを薬物動態のみでなく,毒性学的にも重要である新規薬物加水分解酵素として機能同定しました.
AADACのみでなく,CESによる加水分解反応も医薬品毒性に関与することも見出しました.その例としてβ遮断薬であるアセブトロールがあります.アセブトロールは主にCES2により加水分解され,代謝中間体としてアセトロールが生成します.これがCYP2C19により代謝を受けると副作用であるループス症状を引き起こすことを解明しました.6)また,解熱鎮痛薬フルピルチンはCES2により加水分解を受け,さらにNAT2によりアセチル化されますが,NAT2のslow acetylatorでは加水分解代謝物による毒性が強く現れることを明らかにしました.7)このように,CESによる加水分解反応はプロドラッグの活性化や解毒の観点以外でも考慮する必要があります.
2.ヒト肝臓における脱グルクロン酸抱合反応を触媒するABHD10の同定と機能解析
カルボン酸を有する医薬品は生体内でUDP-グルクロン酸転移酵素UGTによりアシルグルクロニドへ変換されます.アシルグルクロニドはその反応性の高さから高分子に結合する反応性代謝物として認識されており,肝障害やアナフィラキシーなど様々な毒性との関連が示唆されています.腸内細菌のβ-グルクロニダーゼがグルクロン酸抱合体を加水分解する酵素としてよく知られていますが,グルクロン酸抱合体の中でもアシルグルクロニドは構造内にエステル結合を有しているため,ヒト肝臓においても他の酵素によって加水分解され,脱グルクロン酸反応を受けることが考えられました.ミコフェノール酸アシルグルクロニドの加水分解酵素活性を指標としてヒト肝臓よりタンパク質を単離・精製し,α/β-ヒドロラーゼドメインコンテイニング10(ABHD10)をアシルグルクロニド加水分解酵素として同定しました.8)ABHD10はミコフェノール酸の他にプロベネシドやジクロフェナクのアシルグルクロニドの加水分解反応を触媒することも構築した発現系を用いて明らかにしました.9)ヒト肝臓S9画分におけるアシルグルクロニド生成活性はABHD10を阻害することで知られるフッ化フェニルメチルスルホニル(PMSF)を添加すると上昇しました.また,マウスを用いたin vivo検討においてもABHD10を阻害するリン酸トリオルトクレシル(TOTP)を前処置するとアシルグルクロニドの血中濃度が上昇したため,生体においてABHD10はアシルグルクロニド生成量を制御することを解明しました.10)アシルグルクロニドの生成についてはUGTによる反応のみに注意が払われてきましたが,上述のようにABHD10による加水分解反応も考慮する必要があると考えられます.
3.ヒト肝臓においてニトロ基含有医薬品の還元反応を触媒するAOX1の機能解析
ニトロ基を有する医薬品は生体内でアミノ体へ変換されます.アミノ体はさらにシトクロムP450により水酸化反応を受けて,毒性との関連が示唆されるヒドロキシルアミン体へと変換される場合があります.そのため,ニトロ基を還元する酵素は毒性学的に重要と考えられますが,ヒト肝臓においてその酵素の実態はつかめていませんでした.ニトラゼパムを基質としてヒト肝臓よりニトロ基還元酵素を精製したところ,レダクターゼと名のつく酵素ではなく,アルデヒドオキシダーゼ1(AOX1)が単離されました.11)電子を供与することによりAOX1を活性化させる内因性化合物N1-メチルニコチンアミド(MNA)をヒト肝臓サイトゾルに添加すると,好気性条件下においてもニトラゼパム還元酵素活性の顕著な上昇が認められたことからも,AOX1の関与が支持されました.AOX1による還元反応は2電子還元により進行するため,ニトロ体からアミノ体への還元過程においてヒドロキシルアミン体の生成が考えられ,実際に,不安定なヒドロキシルアミン体の生成をグルタチオントラップ法により明らかにしております.よって,AOX1による還元反応のみで毒性代謝物が生成することが考えられました.ニトラゼパムの他にも,AOX1は副作用として肝障害が報告されているダントロレン,フルタミド,ニメスリドなどの還元反応を触媒したため,今後AOX1による還元反応の毒性発現に対する影響について明らかにする必要があります.12, 13)AOX1は酸化反応を触媒する酵素としてよく研究がなされていますが,今回のケースのようにnon-CYP酵素は,酵素の名前から想像できない機能を示す可能性があるかもしれません.
4. おわりに
シトクロムP450の誘導・阻害,基質特異性,遺伝子多型および個人差等の情報は蓄積されています.それに対してnon-CYP酵素に関する情報はまだ不足しているのが事実です.私は加水分解酵素を中心としてその基盤情報の整備を行っていますが,今後はさらにその幅を広げて薬物動態研究に取り組んでいきたいと思います.
最後になりましたが,学生時代より薬物代謝および毒性研究について温かくも厳しい指導をしていただきました横井 毅先生(現 名古屋大学医学系)および学生時代のご指導のみならず,現在でも研究に対し貴重なご助言を頂いている中島美紀先生(金沢大学医薬保健研究域薬学系),また共同研究等でご指導いただいた先生方に心から感謝申し上げます.さらに,当研究室の大学院生,学部生および卒業生に熱く御礼申し上げます.
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