Newsletter Volume 33, Number 1, 2018

受賞者からのコメント

 写真:樫山英二

創薬貢献・北川賞を受賞して

大塚製薬株式会社 徳島研究所
樫山英二

 このたび「薬物代謝研究の推進と医薬品開発」の題目で日本薬物動態学会 創薬貢献・北川賞の栄誉を賜り,大変光栄に存じます.創薬貢献・北川賞にご推薦頂きました,国立医薬品食品衛生研究所の斎藤嘉朗先生,選考委員会の加藤将夫先生をはじめ関係の先生方に厚く御礼申し上げます.今回の受賞では,大塚製薬で私が関わった創薬研究を評価頂いたものと深く感謝申し上げますとともに,大塚製薬の関係者にお礼申し上げます.また,薬物代謝研究のご指導を頂きました鎌滝哲也先生(北海道大学名誉教授)および横井 毅先生(現名古屋大学教授)に感謝申し上げます.本稿では私の研究人生を振り返りながら,特に薬物代謝研究を中心にした創薬研究について紹介させて頂きます.

製薬企業での研究開始

 私は,1983年に農学部農芸化学科の生物化学の修士課程を修了して大塚製薬に入社し,代謝分析研究部(現在の薬物動態研究部)に配属されました.入社時は,薬学の知識は全くなく,低分子化合物の薬物動態研究を諸先輩の指導下で行うと共に大学時代の知識も生かせる医療用栄養製品(タンパク質,脂質,糖質やビタミン等)の体内動態も担当していました.その後,社内で新規医薬品の創薬研究が活発になり,研究の中心は低分子化合物の動態試験へ移りました.当時は探索段階での薬効薬理試験と毒性試験で開発候補化合物が選択され,薬物動態研究は選択された候補化合物の体内動態を明らかにするのが主な業務でした.

薬物代謝研究の開始

 薬物動態には生物学,分析化学,有機化学,数理学等,多様な専門性が必要ですが,私は大学時代に酵素を研究していたことから,薬物代謝酵素に興味をもちました.1980年代はチトクロームP450(P450)研究が飛躍的に進展した時代ですが,P450には多くの分子種が存在し,その多様性を十分に理解することは困難でした.日本には薬物代謝に関わる最先端の先生方が活躍しており,1991年から2年間,北海道大学の鎌滝哲也教授の研究室で勉強させて頂きました.当時,医薬品のトピックの一つとしてラセミ体の一方の光学活性体の開発や立体選択的動態についての報告があり,研究テーマとして社内開発品に分子内に不斉硫黄原子を有し,体内でラセミ化するフロセキナン(開発中止)の生体内異性化を選びました.研究室にはヒト肝臓や,P450の発現酵素だけでなく硫黄原子の酸化を触媒するフラビンモノオキシゲナーゼの発現酵素や各種P450の抗体等,製薬企業では使用できない貴重な実験材料があり,実験技術や最新の知識を得ることができ,ようやく薬物動態を担当する自信を得ることができました.研究室では研究するときは研究に集中し,遊ぶときは思い切って遊ぶ,メリハリのある研究生活を過ごし,2年間と言う短い期間に実験も一生懸命しましたが,時間を作っては雄大な北海道を旅行し,非常に充実した生活を過ごさせて頂きました.その後,米国のNational Cancer Instituteへの留学の機会を得,制癌剤の薬物動態研究と共にさらに広大なアメリカの各地を訪れ,良い経験をさせて頂きました.

薬物代謝研究の進展

 1980年代に, 多種のP450 cDNAの単離および遺伝子配列の解明,さらにそれらのcDNAを異種細胞に発現させることで,薬物代謝酵素の研究は飛躍的に進展しました.P450で始まった分子生物学を活用した研究はP450以外の代謝酵素にも拡大して行きました.1990年代後半には,それらの発現酵素や抗体が市販され,企業の創薬研究の重要な実験材料になりました.また,創薬では薬物代謝のヒトと動物の種差が大きな課題のひとつでしたが,海外では動物愛護の問題も相まって,ヒト組織が活用されていました.日本でもヒト組織利用の重要性から1996年にHAB研究機構が設立され,創薬研究にも利用可能になりました.

 1990年にデブリソキンの個体差の原因がCYP2D6の遺伝多型であることが報告され,その後CYP2A6,2C9,2C19やUGT1A1等の遺伝多型と薬物動態の個体差の関係が明らかになり,遺伝子診断によって,代謝活性が低いヒトに投与量を調整することも可能になってきました.また,薬物相互作用が原因で発生したソルブジンの薬害は社会的に大きな問題として取り上げられ,医薬品開発において薬物相互作用は重要な検討項目となり,今日では三極からガイドラインは発行されています.薬物を安全に使用するため,薬物代謝研究の重要性がますます増大しました.

 このような時代背景で,製薬企業でも北海道大学で学んだことが活かせる環境が整い,社内の開発化合物の代謝酵素の同定,代謝酵素阻害や誘導評価を実施しました.

製薬企業における薬物動態研究の転換期

 1980年代の開発候補化合物は動物での薬理と安全性試験で選択され,動物での薬物動態プロファイルに問題がなくても,臨床試験でヒトにおける薬物動態が原因で開発中止になる事例が多く,ヒトの体内動態予測が大きな課題でした.種差の大きな要因が薬物代謝酵素に起因していたことから,前述のように国内の製薬企業でもヒト組織やヒト発現酵素が利用できる環境が整い,in vitroin vivo correlationや生理学的モデル解析でヒト予測が可能になってきました.さらに,前述の遺伝多型による個体差や薬物代謝酵素に起因する薬物相互作用のリスクを明らかにするだけでなく,リスクの少ない化合物を創薬初期に開発候補として選択する必要性が高まってきました.既に1990年代には欧米の製薬企業では創薬初期での探索薬物動態とか薬物動態スクリーニングを実施する体制が構築されており,臨床段階で薬物動態が原因で開発中止となった比率が激減したのは有名です.

 弊社でも2000年代になってではありますが,創薬の初期段階で薬物代謝(代謝安定性,代謝酵素阻害や誘導)のみならず,吸収予測(溶解性,膜透過性,トランスポーター等),分布予測(蛋白結合,トランスポーター等)の評価がスループットの高い評価系で実施され,合成展開の重要な情報となり,創薬段階での薬物動態研究の重要性が認識されるようになりました.

大塚製薬での創薬

 1987年に合成された統合失調症治療薬のアリピプラゾールは動物試験では代謝クリアランスが大きく,バイオアベラビリティが悪いプロファイルで臨床開発を危惧していましたが,ヒトでは良好な代謝安定性と薬物動態プロファイルを示し,当社初のブロックバスターに成長しました.1989年に合成された世界初の経口可能なバソプレッシンV2-拮抗剤のモザバプタンは代謝安定性が悪い化合物でしたが,生成する多種の代謝物も薬理作用を有していたことから上市したものの,使いやすい薬剤ではありませんでした.その代謝安定性を改良して開発したトルバプタンは常染色体優性多発性嚢胞腎の進行抑制の追加効能を2014年に取得し,治療薬のない疾患の治療薬として貢献しています.

 その後,前述した初期探索動態として代謝安定性の良好な化合物を開発候補として選択するようになりましたが,2001年に合成され2014年に40年ぶりの結核治療薬(多剤耐性結核としては国内初)として承認されたデラマニドは肝臓で代謝は受け難いが,血中のアルブミンで代謝されることが明らかになりました.近年は肝臓のP450以外で代謝を受ける医薬品が増加し,まだまだ薬物代謝研究は創薬において重要な研究テーマです.

製薬企業での創薬の将来展望

 日本の製薬企業は,次々と低分子の革新的医薬品を創出してきましたが,現在は研究開発費の増大や成功確率の低下により医薬品開発は困難さを増しています.また,創薬は低分子医薬品からバイオ医薬品にシフトしており,さらに再生医療や予防・先制医療へ展開されていくものと予想されます.世界には治療薬のない病がまだまだ存在しており,革新的な新薬の創出が必要です.製薬企業間のパートナーシップや複数の企業が参加するコンソーシアム,アカデミア等の基礎研究を活用したオープンイノベーション等が活発に行われています.そのなかで,我々薬物動態研究者は他機関や他分野の研究者と協調して創薬に貢献していく必要性があると考えます.

おわりに

 大塚製薬で多くの医薬品開発に携わり,多くの失敗も経験しましたが,少しでも患者さんに役立つ医薬品の開発に貢献できたことを幸せに思い,受賞の言葉とさせて頂きます.