Newsletter Volume 33, Number 1, 2018

受賞者からのコメント

写真:関根秀一

奨励賞を受賞して

千葉大学大学院薬学研究院生物薬剤学研究室
関根秀一

1.はじめに

 この度,「薬物動態を基軸とした薬物誘発性肝毒性評価に関する研究」という題目で,平成29年度の日本薬物動態学会 奨励賞を賜りました.栄誉ある賞を受賞することができ,大変光栄に感じております.会長・副会長・理事・評議員・選考委員の先生方,そして本賞にご推薦頂きました堀江利治先生に心より御礼申し上げます.また受賞に関わる研究にご協力いただきました千葉大学大学院薬学研究院 生物薬剤学研究室 伊藤晃成先生および学生の皆様に御礼申し上げます.本稿では,今回の受賞対象となりました研究の背景と評価系の構築に至った経緯を中心にご紹介させていただきたいと思います.

2.研究の背景

 医薬品開発における臨床試験や市販後において,予期せぬ副作用や毒性発現による試験中断や販売中止は,患者のみならず他の領域にも大きな影響をもたらします.中でも重篤な薬物誘発性肝毒性(DILI)の発現は,心毒性と並び,特に避けるべき副作用であり,前臨床段階でこれらリスクの低い薬物を選別することが,医薬品開発の成功確率を上昇させることにつながります.一方で肝臓は,高いエネルギー産生や自己修復能力に加えて,胆汁排泄能,異物代謝能など特徴的な機能を有しているため,DILIの発症から増悪に関わる機序も多岐にわたると考えられています.それら機序の中でも米国ファイザー社のDr. Yvonne Will等は「胆汁酸の胆汁中への排泄に関わるBile salt export pump (BSEP)の阻害」と「ミトコンドリアにおけるエネルギー産生の障害」の両方を強力に阻害する薬物において,臨床における肝毒性リスクと関連することを報告しています.1)

3.Micro physiological system (MPS)+“α”の重要性

 DILIの発現機序の多様性から,医薬品候補化合物のDILI発現ポテンシャルの評価のためには,In vivoの肝機能を再現(保持)可能な培養モデルが重要となってきます.

 現在,医薬品の代謝安定性・安全性の予測のために,ヒト凍結肝細胞が用いられていますが,凍結によるダメージ,ロット間差,安定供給,コストなどの問題を依然として抱えています.さらに肝細胞の培養時には,がん細胞の培養に適した組成の培地や培養ディッシュが用いられることが多く,このような条件のもと培養された肝細胞は,生体内と著しく異なった環境におかれることにより薬物代謝酵素などの様々な機能が急速に低下してしまうことが,その評価において問題となります.これら従来のIn vitro培養が持つ課題を克服するため,米国を中心として,生体内の臓器をIn vitroにおいて再現するOrgan-on-a-chipなどのMicrophysiological System (MPS)技術が盛んに研究されています.私は3次元培養技術など数あるMPS技術の中で,薬物動態の領域でも使用されるサンドイッチ培養技術を用いています.その大きな特徴は,コラーゲンなどの細胞外基質を重層することで,通常の培養時に失われる細胞の極性が回復し,毛細胆管構造の形成や薬物代謝酵素の機能を賦活化させることです.しかしMPS技術により高機能化された細胞のみでは,医薬品候補化合物のDILIの発現ポテンシャルを予測は依然として難しく,そこにはDILIの発現機序に合わせた工夫(+“α”)が重要となります.そこで以下,これまでに取り組んできた“α”に関する研究について紹介させていただきます.

4.サンドイッチ培養肝細胞+“胆汁酸“による胆汁うっ滞誘発性薬物の評価系

 肝臓に特有の機能である胆汁排泄を担うMRP2やBSEPなどのABCトランスポーターは,それぞれビリルビン(グルクロン酸抱合体)や胆汁酸などを濃縮的に胆汁中へ排泄し,生じる浸透圧差を利用して水の流入が起こり胆汁流を生成します.これら類似の機能を持つMRP2とBSEPですが,MRP2の遺伝的機能欠損はALTなどの酵素の逸脱を伴わない黄疸(Dubin-Johnson症候群)につながるのに対して,BSEPは,より毒性の高い胆汁酸の蓄積により肝移植を必要とします(進行性家族性肝内胆汁うっ滞症2型).そのため前述の通り,薬物による胆汁うっ滞を伴う肝毒性の発現には特にBSEPの阻害が注目されています.しかし,細胞内では,胆汁酸はBSEPのみならず,抱合代謝や血管側への排泄過程も関わることが知られております.これら胆汁酸の解毒排泄過程の阻害を包括的に評価するためには,胆汁排泄能を保持したサンドイッチ培養が適していると考えました.また胆汁酸は体内で腸肝循環をしているため,肝細胞内に存在している胆汁酸は,肝外にプールされている胆汁酸量に比べてわずかであり,In vitroにおいて胆汁酸の蓄積に伴う肝毒性を再現するためには,ヒト血清中に存在する胆汁酸組成を模倣した胆汁酸混合物を加える必要があるとの発想(+“α”)に至り,胆汁うっ滞誘発性薬物の臨床でのリスクを予測可能な評価系を構築することができました.2), 3)

 これら研究を進めていく中で気づいた点として,特にげっ歯類では,ヒト血清中に存在する胆汁酸組成と大きく異なっており,その大部分を毒性の低い水溶性の胆汁酸が占めることです.この胆汁酸の組成の動物間の種差が,げっ歯類を用いたIn vivo毒性試験において胆汁うっ滞型の肝毒性の検出することが難しい原因の一つではないかと考えられます.

5.サンドイッチ培養肝細胞+“酸素“によるミトコンドリア毒性誘発性薬物の評価系

 肝臓に入る血管には,消化管で吸収される栄養素を豊富に持つ門脈と酸素濃度が高い血液が心臓から直接運ばれる肝動脈の2つの血管系があるという,他の臓器にはない特徴を有することで,生体におけるエネルギーの産生の中心を担っております.そのため肝細胞は,他の細胞と比較してミトコンドリアでの電子伝達系と共役する酸化的リン酸化により効率的にATPが産生されており,高い酸素要求性を持っています.そのため前述の通り,薬物による肝毒性の発現機序として,ミトコンドリアにおけるエネルギー産生の障害が注目されています.これまで,ヒト肝がん由来細胞HepG2細胞を用いて,糖源をグルコースからガラクトースに置換することで,がん細胞が持つ特有の解糖系でのエネルギー産生からミトコンドリアでの酸化的リン酸化へシフトさせることで肝毒性リスクが高い薬物を検出可能となることが報告されています.4) しかしHepG2細胞ではCYPによる代謝機能が低いなどの問題点を持つため,ヒト肝細胞での予備検討として,サンドイッチ培養したラット肝臓より単離した肝細胞を用いました.そこで既報に習い糖源をグルコースからガラクトースに変更しましたが,期待していた結果は得られずに悩んでいた時に,東京大学 酒井康行先生の総説に運良く出会うことができました.5) その総説によるとラットの肝細胞における酸素消費速度(40-90 pmol/sec/cm2)に対して,培地を3mmの高さで大気中から供給可能な酸素の透過速度(17 pmol/sec/ cm2)であるとの記載があり,通常の培養条件においてラット肝細胞は虚血状態に置かれているとの衝撃的な事実を知ることができ,ミトコンドリア毒性を評価するためには適切に酸素を補ってあげる必要があるとの発想(+“α”)に至りました.そこで,ラット肝細胞の酸素消費速度を満たす供給速度を達成するためにインキュベータ内の酸素濃度を20%から80%にまで上昇させ,糖源をグルコースからガラクトースに置換することにより,ミトコンドリア毒性に起因するDILIの発症ポテンシャルを予測可能な評価系を構築することができました.6)

 ヒト凍結肝細胞においても,ラット肝細胞と同様の手法でできるか検証を行っておりますが,ラットほど感度の高い評価系を構築することはできておりません.その原因として一度,細胞が凍結される時にミトコンドリアの膜に障害を与えているためではと考えております.そのためミトコンドリアの機能を評価するためには,非凍結のヒト肝細胞の使用が重要ではないかと考えており,現在研究を進めております.

6.おわりに

 以上の研究を進めていく中で,In vitroIn vivoにおいて細胞がおかれている環境は予想以上の乖離があることに気付かされることも多くあります.そのため今後,益々MPSの領域が薬物動態や安全性評価のフィールドにおいて重要となってくることは,間違いないと確信しています.また,私が学部学生として生物薬剤学研究室に配属された14年前には既に,堀江利治先生(現:帝京平成大学教授)はミトコンドリアと肝障害に着目された研究を,桝渕泰宏先生(現:千葉科学大学教授)は代謝酵素による活性代謝物の生成と肝障害の研究を展開され,私の指導教員として,研究者としての基礎を築いて頂いた伊藤晃成先生(現:千葉大学教授)は胆汁排泄トランスポーターの研究を展開されておりました.その中で学生として2年間という短いながらも充実した研究生活を送れたことが,現在進めている研究の糧になっていることを強く実感しており,諸先生方並び卒業生・学生にこの場をお借りしてに心より感謝申し上げさせていただきます.

 

  1. Aleo MD, Luo Y, Swiss R, Bonin PD, Potter DM, Will Y. Human drug-induced liver injury severity is highly associated with dual inhibition of liver mitochondrial function and bile salt export pump. Hepatology. 2014; 60(3): 1015-22.
  2. Ogimura E, Sekine S, Horie T. Bile salt export pump inhibitors are associated with bile acid-dependent drug-induced toxicity in sandwich-cultured hepatocytes. Biochem Biophys Res Commun. 2011; 416(3-4):313-7.
  3. Susukida T, Sekine S, Nozaki M, Tokizono M, Ito K. Prediction of the Clinical Risk of Drug-Induced Cholestatic Liver Injury Using an In vitro Sandwich Cultured Hepatocyte Assay. Drug Metab Dispos. 2015; 43(11): 1760-8
  4. Marroquin LD, Hynes J, Dykens JA, Jamieson JD, Will Y. Circumventing the Crabtree effect: replacing media glucose with galactose increases susceptibility of HepG2 cells to mitochondrial toxicants. Toxicol Sci. 2007; 97(2): 539-47.
  5. Sakai, Y., Nishikawa M., Evenou, F., Hamon, M., Huang, H. Y., Montagne, K. P, Kojima, N., Fujii, T., Niino, T.: Engineering of implantable liver tissues, in “Liver Stem Cells” etd. by T. Ochiya, Hamana Press 2011; 189-216.
  6. Liu C, Sekine S, Ito K. Assessment of mitochondrial dysfunction-related, drug-induced hepatotoxicity in primary rat hepatocytes. Toxicol Appl Pharmacol. 2016; 302: 23-30.