Newsletter Volume 32, Number 4, 2017

DMPK 32(4)に掲載された各論文の「著者から読者へのメッセージ」

[Regular Article]

バルプロ酸グルクロニドとカルバペネム系抗菌薬の競合結合によるアシルペプチドヒドロラーゼ活性阻害に関する計算化学的研究

Ishikawa, T., et al., pp. 201-207.

 抗てんかん薬のバルプロ酸(VPA)は,カルバペネム系抗菌薬との併用でその血中濃度が著しく低下するため,両薬剤は併用禁忌とされている.近年,この薬物間相互作用に関して,バルプロ酸グルクロニド(VPA-G)の加水分解を担うアシルペプチドヒドロラーゼ(APEH)が,カルバペネム系抗菌薬によって選択的に活性阻害されることが報告された.そこで本研究では,この活性阻害の分子メカニズムを解明するため,ホモロジーモデリングでhumanAPEHの立体構造を構築し,VPA-Gおよび複数の抗菌薬とのドッキング計算を実行した.その結果,カルバペネム系抗菌薬とVPA-Gの競合結合により,APEHの加水分解活性が阻害されるという分子メカニズムが示唆された.筆者らは当初,humanAPEHの結晶構造が存在していなかったため,非常に困難な計算になると予測していたが,最終的には信頼のおける分子機構を得ることに成功した.本研究が,標的タンパク質の結晶構造が存在しない場合の,計算化学的アプローチのモデルケースになると期待している.

[Regular Article]

ヒトにおける抗体医薬品の静脈内投与後及び皮下投与後の体内動態の定量的予測

Haraya, K., , et al., pp. 208-217.

 近年,多くの抗体医薬品が様々な疾患を対象に承認されており,また非臨床及び臨床段階においても非常に多くの候補品が開発されている.本研究ではヒトにおける抗体医薬品の静脈内投与後及び皮下投与後の血漿/血清中濃度推移をカニクイザルにおける体内動態データから良好に予測する方法を提案する.線形消失を示す抗体医薬品は一般的に静脈内投与後2コンパートメントモデルで記述可能な体内動態を示すことが知られているが,アロメトリックスケーリング法を用いて非臨床データからヒトにおける各パラメータ(CL, Q, Vc, Vp)を予測するための最適なExponentに関する報告はこれまでなかった.またヒトにおける皮下投与後の吸収速度定数及びバイオアベイラビリティーを予測する方法に関する報告もこれまでにない.このことから,これまで報告されている大きくの抗体医薬品のカニクイザル及びヒトにおける体内動態データを解析することで,これら方法論の確立を検討した.

[Regular Article]

生薬成分によるグリチルレチン酸 3-O-グルクロニド生成の阻害

Koyama, M., et al., pp. 218-223.

 甘草は代表的な生薬であり,葛根湯や小青龍湯,大黄甘草湯など漢方処方のおよそ7割に配合されている.甘草の主成分であるグリチルリチンは腸内細菌によりグリチルレチン酸に変換されたのち吸収され,肝臓でUDP-グルクロン酸転移酵素 (UGT) によりグリチルレチン酸 3-O-グルクロニドに代謝される.この代謝物は偽アルドステロン症を引き起こすことから,甘草の一日量や,他のグリチルリチンを含む生薬との併用には制限がある.本研究は,甘草を特定の生薬と併用することで偽アルドステロン症の発症リスクを低減できるかを明らかにすることを目的とし,生薬成分であるポリフェノールやトリテルぺノイドにUGTを介したグリチルレチン酸3-O-グルクロニド生成阻害効果があるかを検討した.本研究は北里大学薬学部の薬剤学教室と生薬学教室の初めての共同研究である.今後も臨床への貢献を目指し,積極的な研究活動を進めていきたい.

[Note]

肺胞上皮II型モデル細胞RLE/Abca3におけるTGF-β1誘発性EMTに及ぼす新規アデノシン類似化合物COA-Clの影響解析

Kawami, M., et al., pp. 224-227.

 肺胞上皮細胞が筋線維芽細胞に変化する上皮間葉転換(EMT)は,予後不良である肺線維症の発症に深く関与する.近年,EMTの誘発因子TGF-β1を標的とした抗線維化薬の開発が進められているが,未だ上市には至っていない.一方,新規アデノシン類似化合物であるCOA-Clは,血管新生促進作用をはじめ様々な薬理作用を示すことや,化学的に安定な構造を有することから臨床への応用が期待されている.本研究では,著者らが樹立したRLE/Abca3細胞を用い,TGF-β1によるEMT誘発に及ぼすCOA-Clの影響について検討を行った.その結果COA-Clは,TGF-β1による細胞のEMT様形質変化やTGF-β1シグナル伝達経路の下流に位置するZEB2のmRNA発現を抑制した.従って,COA-ClはTGF-β1による肺の線維化に対する新規防御薬として期待される.今後は,肺線維化モデル動物を作成し,in vivoにおけるCOA-Clの影響についても検討を進めていきたいと考えている.