アドメサークル
日本の薬物動態研究組織(11)
広島大学大学院医歯薬保健学研究院生体機能分子動態学研究室の研究紹介(2)
広島大学大学院医歯薬保健学研究院生体機能分子動態学研究室
太田 茂(写真左),佐能正剛(写真右)
1.本稿では
前回は,当研究室の沿革と,これまで私たちの薬物動態研究の基礎となってきましたチトクロームP450(CYP)モデル系の代謝反応研究への応用,CYPによる代謝的活性化と毒性発現に関する研究およびその代謝物の毒性に関する研究について紹介させていただきました.本稿では,佐能正剛助教とともに最近の研究であります,non-CYP酵素であるアルデヒドオキシダーゼに関する研究およびCYPやnon-CYPで代謝される医薬品のヒト体内動態の予測研究などを中心にご紹介させていただきます.
2.アルデヒドオキシダーゼの薬物代謝研究における重要性
CYPは,医薬品や化学物質の多くの代謝に大きく寄与していることが分かっています.また,ヒトの肝臓より単離した肝ミクロソームや肝細胞などを用いて,ヒトCYPで代謝される医薬品の薬物動態もin vitro試験から予測できるようになりました.しかし近年,医薬品の化学構造の多様化によりCYP以外の薬物代謝酵素non-CYPであるグルクロン酸転移酵素などの寄与が高まってきています.さらには,第I相代謝反応をつかさどるアルデヒドオキシダーゼにおける代謝研究の重要性も非常に高まってきました1).この背景には,医薬品開発において,アルデヒドオキシダーゼで代謝される医薬品候補化合物が,ヒトにおいて低い曝露濃度しか得られず,開発が中止になった事例が報告されたこともあります.
アルデヒドオキシダーゼは,主に肝臓などに分布し,可溶性画分に局在しているモリブデン含有フラビンタンパクです.私が,広島大学に着任する前から,辰巳淳先生(前・広島大学医学部総合薬学科社会薬学講座・教授),吉原新一先生(前・広島国際大学薬学部・教授),北村繁幸先生(現・日本薬科大学・教授),杉原数美先生(現・広島国際大学薬学部・教授)らは,アルデヒドオキシダーゼの代謝反応やその発現機構について研究されていました.アルデヒドオキシダーゼの基質特異性は広く,アルデヒド化合物や含窒素芳香族複素環を有する化合物の酸化反応のみならず,嫌気的条件下ではN-オキシド,スルフォキシドなどを有する化合物の還元反応にも関与することが明らかとなり,アルデヒドオキシダーゼは,薬物代謝酵素としてとても重要な役割を担っていることがわかってきました.またこの中で,アルデヒドオキシダーゼの活性には,動物とヒトにおいて顕著な種差があること,実験動物のラットにおいても系統差があることなども明らかとなりました2).さらに田山剛崇先生ら(現・広島国際大学薬学部・講師)は,アルデヒドオキシダーゼのヒトにおける活性には個体差があることを見出しています3).また,この中で用いているアルデヒドオキシダーゼの活性の指標となる内在性物質N1-methylnicotinamide(NMN)およびそのアルデヒドオキシダーゼによる代謝物は,尿中バイオマーカーとしても有用であると考えています.
一方,アルデヒドオキシダーゼの活性を阻害する化合物は多く知られております4).田山先生らもお茶の成分中にアルデヒドオキシダーゼを阻害する化合物があることを見出しており5),アルデヒドオキシダーゼで代謝される医薬品は,活性種差,相互作用など創薬において色々な解決すべき課題が出てくるかもしれません.前述のように,ヒトにおいて高いアルデヒドオキシダーゼ活性のために,開発が中止になった医薬品候補化合物は,複数報告されておりますが,われわれ薬物動態研究者は,アルデヒドオキシダーゼで代謝される医薬品候補化合物であっても,精度が高いヒトの予測評価系を構築することで,創薬に果敢にチャレンジすることが必要だと思います.
また,医薬品だけでなく,ネオニコチノイド系殺虫剤のような化学物質もアルデヒドオキシダーゼで代謝されることが知られています6).このことから,医薬品のみならず化学物質のヒトリスク評価にもCYPのみならずアルデヒドオキシダーゼのようなnon-CYPの寄与を考慮に入れた評価が必要になってくると考えています.
3.ヒトにおける医薬品の体内動態予測
近年は,ヒトの肝ミクロソームや肝細胞を用いた医薬品の体内動態予測評価が広くなされるようになってきました.CYPやグルクロン酸転移酵素で代謝される医薬品の肝クリアランスの予測などが報告され,有用なツールとして広く汎用されています.
私たちは,実際のヒトの肝細胞を有する動物モデルであるヒト肝細胞移植キメラマウスを用いたin vivo評価を行ってきてきました.免疫不全と肝障害の性質を持ったマウスにヒトの肝細胞を移植したヒト肝細胞移植キメラマウスの肝臓は,ヒトの薬物代謝酵素が発現していることが報告されています7).ヒト肝細胞移植キメラマウスを用いて,CYPやnon-CYPで代謝される医薬品の代謝プロファイルを調べたところ,ヒトで報告されるプロファイルを概ね反映していました.一方,ヒト肝細胞移植キメラマウスの肝臓には,アルデヒドオキシダーゼも発現しており,ヒト肝細胞の置換率が高くなるにつれて,ヒトのアルデヒドオキシダーゼ活性に近くなることを明らかとしています.ヒト肝臓における高いアルデヒドオキシダーゼ活性によってヒト血中曝露濃度が低くなったFK3453(アステラス製薬株式会社)は8),ヒト肝細胞移植キメラマウスにおいても高い代謝活性を示し,北村先生,杉原先生らのザレプロンを用いた研究においても,ヒト肝細胞移植キメラマウスが,ヒトの高いアルデヒドオキシダーゼ活性を反映していることが分かりました.さらには,アルデヒドオキシダーゼで代謝される医薬品を含むnon-CYPやCYPで代謝される種々の医薬品を用いた検証において,肝クリアランスだけでなく血中動態の予測も概ね可能であることが分かり,ヒト肝細胞移植キメラマウスを用いることで医薬品候補化合物のヒトにおける体内動態を予測できるのではないかと考えています9-11).
4.3次元培養系を用いた毒性予測
肝細胞などはヒトの肝臓から単離,調製などの段階において薬物代謝酵素活性が低下することも知られています.この背景から3次元培養など,培養系に工学的アプローチも組み合わせて工夫することで,できるだけin vivoの肝臓に近い環境での培養系の構築もなされてきました.私たちも,ラットから肝細胞を単離し,3次元培養系を構築させた系を用いて代謝,毒性評価を行っています.3次元培養系において細胞塊(スフェロイド)が形成されると,薬物代謝酵素の発現量が一定に維持することが明らかとなったことから,スフェロイド培養に評価化合物を曝露させることで,薬物代謝も考慮に入れた毒性試験ができるものと考えています12).
以上,前述のヒトの肝細胞を有するヒト肝細胞移植キメラマウスを用いたin vivo試験や,in vivoでの肝臓を模倣したスフェロイド培養系を用いたin vitro試験は,ヒトにおける医薬品や化学物質の体内動態,肝毒性やそのリスク評価,さらには薬毒物,指定薬物の代謝物同定を行う上でも有用なアプローチになるものと期待しています.
5.最後に
2011年11月に広島国際会議場にて第26回日本薬物動態学会年会を開催させていただきました.このときは,アルデヒドオキシダーゼに関する研究を含めて創薬における薬物動態研究を幅広く行われているDr. Obach先生(ファイザー)や,特異体質性薬物毒性の発現メカニズムの研究をされているDr. Uetrecht先生(トロント大学)をお招きして,2つの特別講演を企画しました.また,4つのシンポジウムや2つのラウンドテーブルディスカッションなどもあり,地方開催ではありましたが,アカデミア,製薬企業などから約1000人の多くの参加者があり,活発な討議がなされました.しかし,薬学部では6年生教育を導入してから,学生の参加が減ってきました.ベストポスター賞など学生を対象とした受賞形式などを取り入れることで,学生たちのモチベーションを高めることも重要と思います.薬剤師は,医薬品の薬物動態や薬物間相互作用を理解する必要があります.病院や薬局に就職する学生にとっても,薬物動態に関する卒業研究は,将来の薬剤師業務にもきっと活かされることと思います13).
薬物動態の研究意義は,医薬品創製,薬物間相互作用,評価法の開発,薬効や安全性,衛生薬学,化学物質のリスク評価,裁判化学などとても多岐にわたります.薬物動態学会を通していろんな分野の人が交流して討議することで,薬物動態研究をさらに高めていければと思います.私たちの研究室においても,引き続き薬物代謝の基礎ならびに応用研究を創薬と衛生薬学の立場から行いながら,学生の教育と薬物動態研究の発展に貢献していきたいと考えております.
このたび2回のアドメサークルを通して,当研究室の沿革や研究内容について紹介させていただきました.このような執筆の機会をいただきました編集委員の先生方に深く感謝いたします.今後とも,当研究室員,学生へのご指導におきまして,ご鞭撻を賜りますようお願い申し上げます.
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