Newsletter Volume 30, Number 1, 2015

アドメサークル

日本の薬物動態研究組織(11)
広島大学大学院医歯薬保健学研究院生体機能分子動態学研究室の研究紹介(1)

広島大学大学院医歯薬保健学研究院生体機能分子動態学研究室
太田 茂(写真左),佐能正剛(写真右)

太田 茂

佐能 正剛

1.はじめに

 このたびはニュースレターのアドメサークルに,これまで従事してきました薬物動態研究について,2回にわたり紹介させていただく機会をいただきまして,編集委員の先生方に深く感謝いたします.第1回目は私,太田が,第2回目の最近のトピックスについては,佐能正剛助教とともに研究内容を紹介させていただきます.

 私が薬物動態研究をはじめたきっかけは,全くの偶然でした.卒業研究で選んだ教室は薬化学教室という有機化学の教室でした.その当時から生物系に興味はありましたが,基本は有機化学であろうという思いで,先ず有機化学からスタートしようと思っておりました.そして選んだ薬化学教室で複素環化合物の反応機構についての卒業研究を行っていた頃,直接指導して頂いていた廣部雅昭先生(現・東京大学・名誉教授)が同じ薬学部に新しい教室を開設されることになり,私は薬品代謝化学教室という講座に移ることとなりました.その教室は「有機反応を基盤とした薬物代謝および関連する生体内反応の分子機構解明とその応用的展開」を研究方針としておりました.そこで図らずも(?)代謝反応研究をスタート致しました.とはいうものの当初は何からはじめれば良いのか皆目見当もつかずチトクロームP450の有機化学的モデル化合物やフラビン類を合成して,代謝反応における電子伝達について検討したり,種々の代謝反応をモデル化合物で再現したりして,手探り状態で代謝過程というものを有機化学的な手法を用いて理解しようと考えておりました.

2.チトクロームP450モデル系の代謝反応研究への応用

 教室開設から数年経過した頃,代謝反応の有機化学的モデルも何種類か揃えられるようになり,実際の代謝反応に応用するプロジェクトをスタートしました.従来の代謝反応は分析技術の進歩に支配される「守りの代謝」であり,我々は効率の良い代謝物予測法と合成法を確立して代謝物候補を得ておき,それらを代謝反応液中より同定する「攻めの代謝」を行っておりました.この方法で実際の医薬品の代謝物を同定することが可能となり,製薬企業において利用して頂くまでになりました.また本法を使うと代謝物を大量に得ることが出来るという利点もあり,代謝物の薬理活性や毒性評価が容易に行えることも重要だと思います.

 この他に代謝反応に及ぼす諸因子の解析等も行っておりました.例えば代謝反応に及ぼす酸素濃度の影響です.In vivoにおける代謝反応の際の酸素濃度はかなり低いことが分かっておりますが,in vitro系では通常飽和酸素濃度で反応を行っております.このギャップは問題であろうと思い,てんかん薬であるバルプロ酸の代謝で検討致しました.この結果in vivoでの毒性発現に寄与する代謝物は通常のin vitro系では生成せず,酸素濃度を低くすることではじめて生成してくる事が分かりました.このことから代謝反応においては酸素濃度も重要な因子であることが明らかとなりました.

3.薬物代謝酵素チトクロームP450による代謝的活性化と毒性発現

 1997年に東京大学薬学部薬品代謝化学教室から広島大学薬学部社会薬学講座(現・生体機能分子動態学研究室)にうつり,吉原新一先生(前・広島国際大学薬学部・教授),北村繁幸先生(現・日本薬科大学・教授),杉原数美先生(現・広島国際大学薬学部・教授),古武弥一郎先生(現・広島大学同研究室・准教授)と広島で研究をスタートさせました.東京大学からの研究のうち,パーキンソン病発症メカニズム解明に関する研究は,古武先生を中心に,薬物代謝酵素の機能や化学物質の毒性とそれに関係する代謝・動態についての研究は,吉原先生,北村先生,杉原先生が中心に研究を進めてきました.特に,薬物代謝酵素で変換される化学物質の「代謝物の毒性」に着目し,その代謝的活性化のメカニズムを探索してきています.例えば,古武先生らは,ヒトの脳脊髄液から検出されるパーキンソン病発症候補物質と考えられている1BnTIQ(1-benzyl-1,2,3,4-tetrahydroisoquinoline)がチトクロームP450によって細胞毒性や脂溶性が増加した1BnDIQ(1-benzyl-3,4-dihydroisoquinoline)を生成することを見出しています.また,吉原先生,北村先生,杉原先生らは,社会問題として注目されていた「環境ホルモン」とよばれるエストロゲン,アンドロゲンや甲状腺ホルモンの内分泌ホルモンシステムを撹乱させる環境化学物質に焦点をあてた研究を2000年ごろから主に行ってきました.

 内因性17β-エストラジオールのフェノール性水酸基は,エストロゲン受容体との結合親和性に重要な部分構造として知られています.このため,同様の分子サイズを有し,かつ芳香環に水酸基が導入された化学物質は,エストロゲン様活性を示す可能性があります.北村先生,杉原先生らは,ポリ塩化ビフェニル,ベンゾフェノンやビスフェノールAおよびその誘導体を用いエストロゲン活性における構造活性相関をさらに明らかにしてきました.さらには,工業原料で用いられているスチルベン,スチレンダイマーや防カビ剤で用いられているジフェニールなど,その化学構造に芳香環に水酸基がない化学物質は,そのものではエストロゲン活性を示さないものの,チトクロームP450により,エストロゲン活性を有する芳香環が水酸化された代謝物が生成することによって,エストロゲン様作用を示すことをin vitroおよびin vivo評価系を用いて示してきました.さらには,吉原先生らは,プラスチック可塑剤として用いられていたビスフェノールAを取り上げ,ビスフェノールAそのもの自身でも強いエストロゲン様活性を有するものの,肝9000g上清画分でインキュベーションさせると,それよりも強い活性を有するBPA代謝物ができることを示しました.芳香環が水酸化される反応はチトクロームP450によるものですが,生成されたフェノール性水酸基は,エストロゲン活性に必須な部分構造であることから,活性・代謝と化学構造の関係を結びつけた研究を行うことができました.

 環境化学物質は河川,海,土壌などを介して野生生物への曝露による毒性影響が懸念されます.一方,化学物質のヒトへの曝露は高くはないものの,脂溶性が高いことに伴う体内での蓄積,1種類ではなく多数の化学物質で曝露されている可能性もあることからその複合影響も考えなければなりません.環境化学物質においても代謝物を考慮にいれたリスク評価が重要であると考えており,さまざまな用途で使用される生活関連物質や環境化学物質の内分泌かく乱作用について継続的な研究が必要と考えています.現在も,藤本成明先生(広島大学原爆放射線医科学研究所・准教授)や柏木昭彦先生(広島大学大学院理学研究科両生類研究施設・特任教授)との共同研究の中で化学物質や医薬品の甲状腺ホルモン撹乱作用についての研究を行っています.近年水環境中から下水処理の過程で処理しきれなかったヒトから排泄される医薬品成分もしくは代謝物や分解物が野生生物に影響を与える可能性が示唆されていることからも重要な意義があると考えています.

 医薬品開発の中においても,代謝物による毒性を考慮に入れた創薬がなされるようになってきました.特に,肝細胞などのヒト組織を用いたヒト特異的に生成する反応性代謝物の同定,毒性発現メカニズムの発現解明に関する研究が多く報告されています.環境衛生の分野においてもこのような化学物質が多く存在する可能性があり,同様の研究が必要となってくるものと考えています.

4.次号にむけて

 本稿では,当研究室の沿革と,これまでの我々の薬物動態研究の基礎となるチトクロームP450に関する研究やその代謝物の毒性に関する研究内容を紹介いたしました.次回は,チトクロームP450以外の薬物代謝酵素として注目されているアルデヒドオキシダーゼに関する研究,さらには,ヒトの体内動態の予測動物モデルとして期待されているヒト化肝臓モデル動物を用いたヒト体内動態の予測研究などを中心にご紹介させていただきます.