受賞者からのコメント
功労賞を受賞して京都薬品工業株式会社
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このたび「薬物動態の知見を利用したプロドラッグ創薬戦略,並びに学会財務健全化への貢献」という題目で平成28年度日本薬物動態学会功労賞という栄誉ある賞を授与して頂き,大変光栄に存じます.ご推薦頂きました久米先生,選考委員の先生方,大森会長並びに山崎副会長に厚く御礼申し上げます.特に,「プロドラッグ創薬戦略」を受賞題目に加えて頂いたことに大変感謝しています.プロドラッグ創薬戦略に関しましては,武田薬品工業株式会社在籍時 (1972~2004年)での仕事です.受賞の内容について背景を交えてご紹介させて頂きます.
私は大阪大学大学院薬学研究科修士課程を修了後,1972年に武田薬品工業に入社し,製剤研究所基礎グループ(故松澤 兌博士主宰)に配属されました.当時,隆盛期の生物薬剤学を研究主体としたグループで,その使命は,難吸収性の薬物を何らかの手段で改善し,製品を生み出すことでした.大学・大学院で有機合成化学を専攻していたことから,プロドラッグのチームに組み入れられました.
プロドラッグチームのテーマは,当時研究開発が最も盛んであったβ-ラクタム系抗生物質(ペニシリン,セファロスポリン)の消化管吸収性をプロドラッグにより改善する-例えば,注射剤を経口剤に投与経路を変更し,患者の利便性を高める-ことでした.
I.薬物動態の知見を利用したプロドラッグ創薬戦略(1972年~1992年)
① スルベニシリンのプロドラッグ化検討(1972年~1975年)
最初の開発テーマが,注用抗緑膿菌剤のスルベニシリンのプロドラッグによる経口化でした.スルベニシリンは,スルホ基とカルボキシル基の2つの酸性解離基を有しているペニシリンです.スルホ基は生理的条件下では完全解離していることから,この基を修飾しないと経口吸収性を改善できないと考え,この部分の修飾を試みました.イソブチルエステル体(SP-421)が開発候補化合物に選ばれ,臨床試験まで進みましたが,スルホン酸アルキルエステルはアルキル化剤ではないかとの懸念が呈され,開発中止となりました.
この検討中に,企業での合成技術や動物試験,RI標識体でのADME試験等の評価技術を学ぶことができました.また,本検討において,2つの酸性解離基を有する化合物のプロドラッグ化に関する知見が,後にARB系降圧剤であるブロプレスの開発に大変役立ちました.
② 注用塩酸セフォチアムのプロドラッグによる経口化(1976年~1983年)
1975年頃,第2世代注用セフェム剤の塩酸セフォチアム(製品名:パンスポリン)が開発中で,マウスでのbioavailability(BA)が6.3%であったことから,本化合物のプロドラッグによるBA改善を試みました.
Pro-moiety選択のためにアルキル,ベンジルエステルやピバロイルオキシメチルエステルを合成し,酵素によるセフォチアムへの復元性を検討しました.アルキルやベンジルエステルでは,親化合物への復元速度が遅く,エステル基と3位電子吸引性置換基により2重結合が容易に転位し,不活性体になることが分かりました.一方,ピバロイルオキシメチルエステルでは,エステルが速やかに加水分解されるため活性体を生成しました.
当時,市販されていた注用セフェム剤のピバロイルオキシメチルエステルを合成し,マウスでのBAを評価しました.結果,化合物によりBAが3~42%とばらつきました.親化合物への復元性に問題のないことから,この原因を調べたところ消化管のvirtual pH4.5での溶解度とBAとの間には良好な相関関係のあることが分かりました.プロドラッグの経口吸収性には溶解度が重要であるという単純な結果でした.
塩基性のジメチルアミノ基を有するセフォチアムのピバロイルオキシメチルエステルが最も高いBAを示したことから,アシルオキシアルキルエステル部の最適化を試みました.アシルオキシメチルエステルでのBAは50%程度でしたが,1-アシルオキシエチルエステルでのBAは100%近くになりました.しかし,アシル部に脂肪酸を使用するため,臭いが問題となりました.炭酸エステルタイプに替えたかったのですが,ホスゲンが使用できず,化学研究所に合成を依頼しました.1990年6月に経口用セフェム剤「パンスポリンT」として上市されました.
③ ブロプレスの開発(1989年~1992年)
1983年に化学研究所に異動し,新規注用セフェム剤の開発を始めました.1995年8月に上市された注用セフェム剤「ファーストシン」を合成した頃に,臨床試験で失敗する化合物が多いことから,早期動態で改善できないかとの指示があり,1988年に化学研究所内で探索動態を立ち上げました.
2番目に評価した化合物がARB系降圧剤「ブロプレス」の開発に繋がる化合物でした.基本構造に1H-テトラゾールとカルボキシル基の2つの酸性解離基を有しており,ラットでのBAは5.7%でした.BA改善にはどちらかを脱離し易いpro-moietyで修飾すれば良いと考えられますが,ヘテロ環を修飾する適切なpro-moietyがないこと並びに実験結果からカルボシキル基を選択しました.
メチルエステル投与後の親化合物としてのBAは11%と改善されましたが,同時に調べたメチルエステル自身のBAが50%を超えていたことから,カルボキシル基を修飾して,加水分解され易いpro-moietyを選択すれば良いことが分かり,ピバロイルオキシメチルエステルにすると親化合物としてのBAは52.8%に上昇しました.
合成グループでは,より活性の強い化合物を探索し,本体のn-ブチル基をエトキシ基に替えたカンデサルタンが合成されました.この化合物のラットでのBAは5%でしたので,先の検討知見をカンデサルタンのエステル部に適用しました.
「パンスポリンT」と同じpro-moietyを使用することにより,BAは33.8%と改善され,1999年6月に「ブロプレス」として上市されました.
また,カンデサルタンの1H-テトラゾールを5-ヒドロキシ-1,2,4-オキサジアゾール(アジルサルタン)に替えてpKa値を上げると,BAは20%となり,プロドラッグ化不要と当時明らかにしていましたが,紆余曲折して2012年に「アジルバ」として上市されました.
1992年に薬剤安全研究所(1993年に分離して分析代謝研究所)に異動し,新薬の開発・承認申請に関わるADME試験業務に就き,プロドラッグ創薬研究からは遠ざかりました.
II.学会財務健全化への貢献について(2001年~現在)
1988年に日本薬物動態学会に入会,1999年に評議員,2001年から理事2期,監事2期,財務委員やフォーラム委員など歴任しました.理事では財務委員長を,監事,財務委員と財務関係の業務を長く務めさせて頂いています.
この14年間の財務関係業務において,大塚元事務局長や須藤前事務局長並びに歴代の財務委員長の下で財務健全化に取り組みました.
一番印象に残っていますのは,2004年に学会事務を委託していた日本学会事務センターの破産です.残された帳簿類から損失額の算定及び総会に向けての決算書の構築などを行いました.幸いにも複式簿記を採用され,帳簿類がほとんど残っていたことから対応ができました.
こういったこともあり,学会財務に関する細則の整備をはじめ,ペイオフ対策や預貯金の保護のための通帳と印鑑を別に保持する対策,学会が継続して活動できるようにと考えて基金の創設など,財務基盤の強化に取り組みました.現在も財務の健全化に向けての活動を続けています.このような活動が功労賞の要因であったかと思っています.
最後になりますが,武田薬品工業において研究者として在籍中に提案し,開発されたプロドラッグ2品目(パンスポリンT及びブロプレス)や合成した注用セフェム剤(ファーストシン)が上市されたことは,企業医薬品研究者として,大変幸運なことであると思っています.これまで,ご指導・ご鞭撻頂きました元上司(掛谷宣治博士,矢敷孝司博士,故沼田光雄博士,橋本直人博士)はじめ共同研究者の方々(浜口 直博士,三宅昭雄博士,西村立雄氏,山岡正義氏,仲 建彦博士,故稲田義行博士)に厚く御礼申し上げます.また,これら製品の開発・上市に向けてご尽力された方々に深謝致します.
現在の勤務先におきましてもプロドラッグによる創薬に挑戦しています.