Newsletter Volume 31, Number 1, 2016

展望

白坂善之 

奨励賞を受賞して

東京薬科大学 薬学部 薬物動態制御学教室
白坂善之

1. はじめに

 この度は,日本薬物動態学会奨励賞という名誉ある賞を賜りまして大変光栄に感じております.学会長をはじめ,理事,幹事,評議員,選考委員の諸先生方,そしてご推薦頂きました玉井郁巳先生にこの場をお借りして厚く御礼申し上げます.本稿では私自身のこれまでの研究人生を振り返ると共に,今回の受賞対象となりました研究「輸送体および代謝酵素を介した薬物の吸収動態制御機構に関する研究」についてご紹介させていただきたいと思います.

2. 白坂善之の研究人生

 人生には所々に重要なターニングポイントが存在すると思いますが,それらはいつも時間が大きく過ぎ去った後に改めて思うことなのだと思います.そういう意味で,いつか「この日本薬物動態学会奨励賞の受賞が私のターニングポイントの一つだった」と語れる日が来ることを今は信じて止みません.ここで,本受賞ならびに本稿執筆の機会を得たことを活用させて頂き,少しだけ私の研究人生やターニングポイントを振り返らせて頂きたいと思います.誰も私の研究人生に興味はないと思いますが(笑).

 さて,小中高と必ずしも勉学に明け暮れることだけが人生に重要な意味をもたらすわけではないという話から始めたいわけですが・・・小中高時代では,勉強はほどほどにして,サッカーに明け暮れる私がいました.大学でもやはりサッカーを辞めることはできず,当然のようにサッカー部へ入部しました.もはや,これこそが私の研究人生で最初のターニングポイントと言っても過言ではなく,ここからサッカー人生が研究人生にスイッチしていくことになったのです.大学のサッカー部に入部したことで顧問の山下伸二先生と出会い,キャプテンに就任するとますます山下先生との距離はズブズブと縮まり,その後は「配属後さらには大学院生でもサッカー部に参加できる」という不純な言葉に惑わされ,私は薬物動態学や薬剤学に何の興味も抱くことなく(笑),誘惑に身を任せるように薬剤学(山下)研究室への配属を決めたのでした.ところが,いつしか山下先生の魅せる薬物吸収研究がサッカーと同じくとてもエキサイティングなものだとのめり込み,挙句は山下先生の不摂生とも奇抜とも言える生き方に魅了されアカデミックの世界にまで入門してしまったのです.そして,両足でサッカーを,両手で薬物動態学を,経口でお酒と夜のクラブ活動を楽しみながら,その頂点を目指す野心に満ちた今日の私が形成されたわけです.

 こんな不純な動機で歩み出した研究人生とはいえ(笑),山下先生指導の下で研究を行った摂南大学時代に始まり,玉井郁巳先生と共に歩んだ東京理科大学時代から金沢大学時代に至るまで,とにかく薬物の薬物吸収研究には没頭しました.その後は,University of WashingtonのKenneth E. Thummel先生の下で3年間の修行を重ね,2015年より東京薬科大学にて井上勝央先生と共に薬物吸収研究に勤しんでいます.これらの研究人生の間には,その他にも佐久間信至先生(摂南大学)やPeter Langguth先生 (University of Mainz)をはじめ,Joanne Wang先生 (University of Washington),Nina Isoherranen先生 (University of Washington),坂根稔康先生(当時:摂南大学),杉山雄一先生(当時:東京大学),栄田敏之先生(当時:神戸大学),石川智久先生(当時:東京工業大学)など沢山の先生方にお世話になりました.私が幸運だったことは,研究の場に身をおいて以来,一貫して薬物の消化管吸収に関する研究に従事することができたということです.私は最近,所々で次のようなことを語っています.「私は摂南大学,東京理科大学,金沢大学,University of Washington,東京薬科大学と実にたくさんの研究機関を転々としてきましたが,各大学において,山下先生から膜透過を,玉井先生からはトランスポーターを,Thummel先生からは代謝酵素を,井上先生からは分子生物学を,いずれも薬物吸収研究を基盤にした学問として学んできました.そのお蔭で,あらゆる視点で薬物吸収動態を科学できるハイブリットな私が出来上がろうとしているのです」と.今回の受賞対象となった研究題目は上述の先生方の下で過ごしたハイブリットな薬物吸収研究から生まれました.改めまして,関係の諸先生方にこの場をお借りして深謝させて頂きたいと思います.さて,前置きが必要以上に長くなりましたが(笑),本稿ではその薬物吸収動態研究をダイジェストながら紹介させて頂きます.

3. 摂南大学編(2001-2007):薬物の消化管吸収に及ぼすP-gpの影響とその定量的評価

 現在,薬物の膜透過に及ぼすP-gpの影響を簡便に評価する目的でCaco-2細胞を初めとする各種培養細胞が繁用されています.しかし,そのようなin vitroでの結果から,実際のin vivoにおける各組織の薬物移行過程にP-gpがどの程度影響を及ぼすのかを定量的に評価することは困難です.そこで私は,消化管からの吸収におけるP-gpの影響を定量的に評価できる方法論の構築を最終的な目的として詳細な検討を行いました.

 まず,P-gp発現レベルの異なる種々の細胞の単層膜を用いて,種々P-gp基質薬物の膜透過性に及ぼす薬物濃度とP-gp発現レベルの影響を観察しました.いずれの薬物においても吸収方向への膜透過性は濃度依存的に増大し,粘膜側の薬物濃度に対してシグモイド型の関係を示しました.この時,高濃度側ではP-gpの飽和が認められ,低濃度側ではP-gp発現量に依存した膜透過性の有意な低下が観察されました.そこで,P-gpによる排出過程を含む薬物膜透過モデルを構築し,薬物の膜透過仮定を速度論的に解析したところ,Vmax値のみならずKm(app)値とP-gp発現レベルとの間にも良好な直線関係が存在することが示唆されました.したがって,P-gp発現レベルから,その細胞における基質薬物のKm(app)値を推定できる可能性が推察されました.以上,本研究を介して,種々細胞を用いたin vitro実験からヒトin vivoにおけるP-gp基質薬物の消化管膜透過性を予測する方法論を提唱することができました.

4. 金沢大学編(2008-2012):OATP2B1 multiple binding siteを介した薬物相互作用解析

 近年,グレープフルーツジュース (GFJ)の併用によりfexofenadineの血中濃度が著しく低下することが報告され,そのメカニズムとして OATP2B1阻害に起因した吸収性低下が推察されています.しかしながら,OATP2B1を介した薬物-GFJ間相互作用においては,必ずしも薬物の吸収性低下が観察されているわけではなく,基質依存性が認められています.そこで私は,OATP2B1上に複数の基質結合部位 (multiple binding sites: MBS)が存在すると考える「MBS仮説」を提唱しその実証を試みました.

 まず,OATP2B1の基質でありながら臨床試験においてGFJ相互作用を生じないpravastatinと,吸収性の低下が観察されるfexofenadineを用いて詳細な輸送試験を検討したところ,OATP2B1を介した両薬物の輸送には二相性が観察されました.得られたパラメータより両affinity siteの寄与率を推定した結果,両薬物ともに臨床投与量においてはlow-affinity siteの寄与が大きいことが推測されました.GFJによる阻害試験の結果,pravastatinのlow-affinity siteはGFJにより阻害さず,fexofenadineのlow-affinity siteでは特異的な阻害が観察されました.これらの実験結果から臨床投与量ではfexofenadineのみがGFJと相互作用することが予測され,臨床試験結果と対応する結果が得られました.以上より,OATP2B1上に特徴の異なるMBSが存在することが示され,基質薬物間で輸送部位が異なるだけでなく,同一薬物であってもその濃度/投与量により主たる輸送部位が変化する可能性が示されました.

5. ワシントン大学編(2002-2014):CYP3A4/3A5を介した薬物間相互作用の定量的解析

 CYP3A5はその分子構造に加え,基質認識性や発現特性においてもCYP3A4と高い類似性を示します.したがって,CYP3A5発現の個体差が,CYP3Aを介した代謝過程ならびに阻害過程を複雑化する可能性が考えられます.本研究では,各CYP3A5遺伝子型を有したヒト肝ミクロソーム (HLM) と代表的CYP3A基質 (midazolam, MDZ,testosterone, TST) および阻害剤 (ketoconazole, KTZ,itraconazole, ITZ) を用い,薬物のCYP3A阻害活性に対するCYP3A5発現の影響について詳細な検討を行いました.その結果,MDZおよびTST代謝に対するKTZおよびITZのIC50値は,CYP3A5*3/*3遺伝子型を有するHLMに比べCYP3A5*1/*1およびCYP3A5*1/*3遺伝子型を有するHLMで有意に高いことが示されました.CYP3A5*1/*1およびCYP3A5*1/*3遺伝子型を有するHLMにおけるCYP3A5発現レベルはCYP3A5*3/*3遺伝子型を有するHLMに比べて有意に高かったことから,これらIC50値の上昇は薬物代謝過程におけるCYP3A5の関与に起因していると推察されました.次に,CYP3A5の影響を考慮した速度論モデルを構築しIC50値に対するCYP3A5発現の影響をシミュレートしたところ,その予測値と実測値の間に良好な相関関係が観察されました.以上より,CYP3Aを介した薬物-薬物間相互作用はCYP3A5遺伝子型および発現レベルに影響される可能性が示されました.また,CYP3A5代謝過程を考慮したモデル解析により,CYP3A5発現レベル依存的なIC50値を予測できることが実証されました.

6. おわりに

 以上の研究成果は,薬物の吸収動態ならびに相互作用を理解するための重要な知見であり,今後,これらの成果が製薬企業における医薬品開発の効率化,さらには臨床における医薬品の適正使用に貢献できるものと期待しています.

 はじめに述べたように,私は様々な大学を転々とし多くの先生方との研究を経験することで,薬物吸収動態を巡る様々な知識と技術を学んできました.そのお蔭で,あらゆる視点から薬物吸収を科学できるハイブリットな私がいます.しかし,恩師の言葉を借りれば,自動車業界がそうであるように,ハイブリットの時代はいずれ終わり,次世代では前例のないオリジナルに進化していくべきなのだと思っています.最後に,本賞の受賞にあたり,改めて関係の諸先生方に感謝すると共に,たくさんの教え子の皆さん,関係者の皆さん,そして妻,家族,両親をはじめとした親族一同に感謝します.本受賞が私の研究人生のターニングポイントとなるように,今後は,誰にも負けないオリジナルへと進化を遂げ,さらなる飛躍と学会貢献,そして社会貢献に邁進していきたいと思います.