DMPK 30(2)に掲載された各論文の「著者から読者へのメッセージ」
[Regular Article]
Estrogen receptor(ER)陽性乳がん細胞におけるOATP2B1の発現はestrone硫酸(E1S)の取り込みおよびがん細胞の増殖に影響を及ぼす
Matsumoto, J., et al., pp.133-141
乳がんにおける薬物療法は大きく分けて化学療法とホルモン療法があるが,化学療法は副作用が強く,患者のQOLの低下も大きい.またER陽性乳がんにおいては,ホルモン療法を行った方が,予後が良いことが知られており,積極的にホルモン療法を行うことが推奨されている.一方で,ER陽性乳がんはluminal Aおよびluminal Bタイプに分けられ,luminal BタイプはER陽性であるにも関わらず,ホルモン療法が効き難いことが知られている.本論文では,ER陽性乳がんにおけるOATP2B1の発現が,E1Sの取り込み量を増加させることで,がん細胞の増殖を促進することを示した.また,実際の患者の乳がん組織を用いた検討から,OATP2B1の発現量は,乳がんの悪性度と関連する可能性が示唆された.さらに,OATP2B1の発現量がluminal Bタイプと関連する可能性も見出したが,今後更なる検討が必要である.最後に,本研究を遂行するに当たりご協力をいただいた全ての方々に,この場をお借りし厚く御礼を申し上げたい.
[Regular Article]
サンドイッチ培養ヒト肝細胞(ヒトSCH)を用いたミコフェノール酸とシクロスポリンA間の相互作用の数理モデル解析
Matsunaga, N., et al., pp.142-148
代謝物の安全性及び薬物間相互作用評価の高まりにより,未変化体だけでなく代謝物の肝動態評価が重要視されている.SCHは薬物代謝酵素活性と胆汁中排泄を含めた輸送体活性の両機能を維持し,肝臓における代謝と輸送を同時に評価できるユニークな試験系である.我々は既にヒトSCHにおけるミコフェノール酸(MPA)及びそのO-グルクロナイド(MPAG)の肝動態モデルを構築したが,MPAはシクロスポリンA(CsA)との相互作用が報告されている.そこで,ヒトSCH中のMPA/MPAGの肝動態に対するCsAの影響を,モデリング解析によって評価した.その結果,臨床的な濃度範囲のCsAはMPAGの肝取り込み及び胆汁中排泄過程を阻害した.SCHを用いることで,代謝や輸送の複数の過程に関与する阻害剤の影響を同時に評価できると共に,モデリング解析で得られる阻害パラメータは阻害剤の添加濃度に基づいているため,血中濃度との比較が容易となる.本成果が肝動態研究の更なる発展に貢献することを期待する.
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早期乳癌に対する化学療法施行患者における重篤な好中球減少症発現とABCB1遺伝子多型の関係
Ikeda, M., et al., pp.149-153
がん化学療法により生じる好中球減少は多くの抗がん薬の用量規制因子である.好中球減少症の発現は,相対用量強度を低下させ死亡率の増加を招くため,重篤な好中球減少症の発症を抑える適切な管理が不可欠である.これまでに本研究室では,ドキソルビシンとシクロホスファミドの併用療法(AC療法)施行後の悪心・嘔吐発現にABCB1トランスポーターの遺伝子多型が関連することを明らかにしてきた.本研究では,化学療法誘発性の好中球減少症に着目し,AC療法が施行された乳癌患者100名を対象としてABCB1遺伝子多型との関連を検討し,更に患者背景因子を含めgrade 3以上の好中球減少症発現のリスク因子を解析した.多変量解析の結果,ABCB1 2677G>T/A遺伝子多型がgrade 3以上の好中球減少症発現に関連する独立したリスク因子であることが示された.化学療法施行前にABCB1遺伝子多型を調べることで,重篤な好中球減少症発現の予測が可能になると期待される.現在,他の化学療法において,薬物代謝酵素などの薬物動態関連遺伝子多型も含めた包括的な検討を行っている.
[Regular Article]
フラボノイド類による小腸での葉酸吸収阻害:葉酸トランスポーターへの持続性阻害作用
Furumiya, M., et al., pp.154-159
アルコール飲料の連用摂取が葉酸欠乏の惹起要因として指摘されているが,その原因として,アルコール飲料に含まれるフラボノイド類が葉酸トランスポーター(PCFT)を阻害することによる葉酸吸収不良が浮かび上がってきている.その解明のための取り組みを進める中で,ミリセチン(ワイン等の含有成分)が,PCFTに対して,その除去後も続く強い持続性の阻害効果を引き起こすことが見い出された.メカニズム的には,最大輸送速度が低下している一方で,PCFTの細胞膜分布に変化はなく,PCFT分子の持続的修飾の可能性が考えられる等,複雑な様相が示唆された.フラボノイド類による代謝酵素やトランスポーターの持続性阻害は,非持続性の阻害(競合阻害や非競合阻害)よりも危険度が高く,薬物動態学的にも関心の高いところである.また,メカニズム面での興味も尽きない.引き続き,多様なフラボノイド類の影響について,さらに広範な検討を進めて行きたい.
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小児てんかん患者におけるオクスカルバゼピン主活性代謝物10-モノヒドロキシ誘導体(MHD)の母集団薬物動態解析
Sugiyama, I., et al., pp. 160-167
抗てんかん薬オクスカルバゼピンは,経口投与後,大部分が薬理学的に活性な代謝物MHDに代謝される.本論文では,母集団薬物動態解析により,部分発作を有する小児てんかん患者におけるオクスカルバゼピン投与後のMHDの薬物動態プロファイルの検討及びMHDの薬物動態における日本人と外国人患者間の民族差の評価を行った.最終モデルには,共変量として体重の影響を見かけのクリアランス(CL/F)及び見かけの分布容積(V/F)に,3つの併用抗てんかん薬(カルバマゼピン,フェノバルビタール及びフェニトイン)の影響をCL/Fに組み込んだ.外国人小児患者モデルは共変量として体表面積及び身長の影響を組み込んでいるが,本モデルでは汎用性が高い体重を選択した.最終モデルを構築後,MHDのCL/Fに及ぼす民族の影響を検討した結果,MHDのCL/Fに民族の影響は認められなかった.したがって,部分発作を有する小児てんかん患者にオクスカルバゼピンを投与する際,民族に関係なく,同じ投与量を適用できると考えられた.
本論文でも例証したように,特に小児患者におけるモデル解析の活用は,多くの研究者により提案されている.小児用医薬品の必要性が急速に高まっている昨今,本論文で用いた母集団薬物動態解析のアプローチは,今後の医薬品開発において日本人小児患者及び外国人小児患者間における薬物動態の類似性を評価する際に応用されることが期待される.
[Regular Article]
ヒト血液脳関門モデル細胞にメマンチントランスポーターが機能する
Higuchi, K., et al., pp.182-187
アルツハイマー型認知症治療薬のメマンチンは生理的条件下でほぼ完全にカチオンに解離しているにもかかわらず,血液脳関門(BBB)を透過し脳内に速やかに分布する.メマンチンのBBB輸送にトランスポーターの関与が示唆されているものの,一貫した結論は得られていない.本研究では,メマンチンのBBB輸送機構をヒトBBBのモデル細胞であるhCMEC/D3細胞を用いて解析した.その結果,メマンチンの細胞内への取り込み輸送に,H+を駆動力としたアンチポーターが関与することが示された.これまでに我々はhCMEC/D3細胞において,オキシコドン,ジフェンヒドラミン等の薬物を輸送する共通のH+/有機カチオンアンチポーターが存在することを報告してきた.詳細な機能解析から,メマンチントランスポーターは,既存のH+/有機カチオンアンチポーターとは一部の機能が異なる新たなトランスポーターであることが示唆された.興味深いことに,同細胞へのメマンチン取り込み輸送速度からヒトBBBの透過性を予測したところ,PETで実測したBBB透過性の報告値に良く一致した.今回の研究は,hCMEC/D3細胞におけるメマンチントランスポーターの存在を示唆したことにとどまらず,中枢疾患治療薬の開発戦略にとって有益な情報となりうる.
[Regular Article]
ラットチトクロームP450(CYP)3A1遺伝子の5’上流,約31kbに存在するCAR応答性のあるエンハンサーエレメント
Gamou, T., et al., pp.188-197
構成的アンドロスタン受容体(CAR)は,プレグナンX受容体(PXR)とともに肝チトクロームP450-3A(CYP3A)の構成的および誘導発現調節に関与している事が知られている.
FAA-HTC1肝癌細胞にラットCARを過剰発現させた結果,CYP3A1 mRNAの発現量が著しく上昇することが認められた.ヒトCYP3A4のプロモーター領域には調節エレメント(RE)として,proER6,XREMおよび CLEMが知られており,PXR,CARによるCYP3Aファミリーの発現を調節しているが,ラットのCyp3a1にはproER6以外の調節エレメントが同定されていない.NHR-スキャンソフトウェアやHMMERデータベース検索プログラムによりREを予測した.ルシフェラーゼレポーター活性測定によりrCyp3a1の5’上流(転写開始部位から-31585〜-31739)に,rCAR依存的エンハンサー活性が認められた.その転写活性化領域中のDR4 / DR2/ HNF-1モチーフが強いrCAR依存性転写活性を示した.rCAR依存的転写活性にDR4および/またはDR2モチーフが主に関与しており,HNF1領域は転写活性化に相乗的に機能していると思われた.
CARは非遺伝子毒性発がん過程に関与していることも知られている.未知のCAR依存的発現調節領域の同定が,非遺伝子毒性発がんに関連する遺伝子発見のシーズにつながることを期待したい.
[Regular Article]
Dehydroepiandrosterone sulfate(DHEAS)は肝OATP上での薬物相互作用評価の有用な内因性プローブである.—カニクイザルを用いた検討—
Watanabe, M., et al., pp. 198-204
肝臓に発現するOATPはスタチン類など多様な医薬品を基質とし,薬物相互作用(DDI)が生じた場合重篤な副作用を発現する危険性があるなど,医薬品開発の早期にそのDDIを予測することが重要である.我々は内因性OATP基質であるDHEASが肝OATPを介したDDI予測の内因性プローブとして利用できるのではないかと考え,最初のステップとしてOATP上でのヒトDDI予測モデルとして有用性が示されているカニクイザルを用いた検討を行った.in vitroの検討により,DHEASはヒトおよびカニクイザル肝細胞において肝OATPを介して取り込まれることが示唆された.また,OATPに対して阻害作用を有するリファンピシンを併用することにより,血漿中DHEAS濃度の上昇が認められた.以上より,DHEASが肝OATPを介したDDIを予測しうる内因性プローブとなる可能性が示唆された.今回はカニクイザルでの検討であるが,初期臨床試験の血漿中DHEASを測定することで臨床DDI試験を実施しなくともDDIを評価できる可能性があり,ヒトでのDHEASのDDI予測マーカーとしての有用性について臨床知見の蓄積が期待される.
[Note]
2, 3及び4週間培養のCaco-2細胞単層膜の細胞膜における28種類のヒトトランスポーターに関する定量的標的絶対プロテオミクス
Uchida, Y., et al., PP.205-208
ヒト結腸癌由来Caco-2細胞は,消化管吸収のモデル細胞として基礎研究および創薬において汎用されている.多くのトランスポーターを発現することから,トランスポーター研究におけるin vitro系としての利用価値が高いと考えられている.しかし,各トランスポーター蛋白質分子の発現レベルが不明であったため,どのトランスポーターの評価系として優れ劣っているかの程度が曖昧であった.MDR1やPEPT1はすでに多数の解析例があるため良いが,他のトランスポーターはどうかという話である.そこで,我々は独自開発に成功したQuantitative Targeted Absolute Proteomics(QTAP,キュータップ)技術を用いて,2, 3及び4週間培養のCaco-2細胞単層膜における28種類のトランスポーターのタンパク質絶対発現量を解析した.詳細については論文をご覧いただきたいが,著者はOSTα/βの発現量が高かったことが最も興味深いと考えている.OSTα/βは薬物輸送のポテンシャルを秘めているがまだほとんど解析されていない.Caco-2細胞は,OSTα/βの有用な解析系になることが期待される.