DMPK 30(1)に掲載された各論文の「著者から読者へのメッセージ」
[Review]
肝および小腸におけるグルクロン酸抱合のin vitro–in vivo extrapolationによる予測
Naritomi, Y., et al., pp. 21-29
肝(Fh)・小腸(Fg)アベイラビリティーの予測は創薬における薬物動態研究の重要な課題である.肝・小腸ミクロゾームや肝細胞を用いたin vitro代謝試験からin vivoを予測するin vitro–in vivo extrapolation(IVIVE)はこれらのパラメータを予測する有用な方法の一つである.従来,IVIVEはP450で代謝される化合物を中心に検討されてきた.近年,UDP-glucuronosyltransferase(UGT)などのnon-P450への適用についても注目が集まっているものの,P450に比べると検討が限られている.本総説では,UGTで代謝される化合物のIVIVEによるFh・Fgの予測について,現況や課題,今後の方向性についてまとめた.Fhの予測については主にクリアランスコンセプトに基づいた数学モデルの適用と予測精度の改善等を述べた.またFgの予測に関しては,創薬初期段階における類似誘導体の定性的予測,simplified intestinal availability modelを用いた定量的予測等,我々の報告を中心に紹介した.本総説がUGTで代謝される化合物におけるヒト予測の参考になり,さらにこれらの方法論が他のnon-P450予測法検討の一助になることを期待している.
[Review]
薬物動態におけるUGTおよびesterase研究の進歩
Oda, S., et al., pp. 30-51
近年,シトクロムP450以外の酵素(non-P450酵素)により代謝される医薬品候補化合物が増加傾向にあります. UGTとesteraseはP450に次いで多くの医薬品のクリアランスに関与しており, 薬物動態において考慮すべき重要なnon-P450酵素です.ヒトにおける医薬品の体内動態や安全性を予測するためには,非臨床試験において適切な動物種の選択が必要であり,種差を分子レベルで定性・定量的に理解する必要があります.本稿ではUGTとesteraseについて, 種差ならびにヒト分子種の組織分布,発現量, 発現調節機構, 基質特異性, 阻害特性,UGTとesteraseとの相互連関など,これまでに集積されてきた情報を最新の知見を含めてまとめました. 創薬に携わる皆様にいくらかでもお役立ていただければ幸いです.Non-P450酵素の情報はまだまだ不十分な現状です.さらなる解明をめざして研究に取り組む所存です.
[Review]
薬物動態,安全性,薬効評価におけるアルデヒドオキシダーゼの重要性
Sanoh, S., et al., pp. 52-63
アルデヒドオキシダーゼ(AO)は,アルデヒド基のみならず含窒素複素環の酸化にも寄与する.近年,AOで代謝される医薬品候補化合物が,その体内動態や毒性により開発が途中で中止になるケースが複数報告されていることから,前臨床試験において,AOによるヒト体内動態予測の重要性が高まってきた.AOで代謝される医薬品候補化合物の評価では,実験動物とヒトにおける種差,個人差,代謝による毒性発現,AOタンパクの不安定性,薬物間相互作用,キサンチンオキシダーゼの寄与など懸念事項が多い.一方で,famciclovirなどAO代謝物が有する薬理活性により,ヒトで有効性を示す医薬品も知られている.ヒト肝サイトソール画分,肝細胞やヒト化モデルマウスなどを用いて予測性の高い評価系を構築し,AO代謝の寄与率をきちんと見積もることも重要となる.今後,AOの発現機構の解明や生理学的意義もさらに明確になれば,創薬にも有用な知見となるであろう.
[Regular Article]
フラビン含有モノオキシゲナーゼ活性指標としてのBenzydamine N-oxygenation,およびチトクロムP450が関与するBenzydamine N-demethylation(ラット,イヌ,サルおよびヒト肝ミクロゾームにおける検討)
Taniguchi, T., et al.,pp. 64-69
JSSX第7回ショートコースにてnon-P450薬物代謝が特集された際,フラビン含有モノオキシゲナーゼ(FMO)についての発表依頼を受けた.FMOが代謝に寄与する化合物の開発には携っていたが,発表のためにと更に文献調査を進めていくと,本酵素の特性について不明確な部分が多く,これを機に情報を整理し詳細データを取得することとした.FMOは,補酵素非存在下では37℃のプレインキュベーション中でも急激に活性低下し,有機溶媒による影響もP450とは異なる.そのため,試験条件によっては,FMOの寄与率を過小評価する恐れがあると考える.今回,モデル基質としてBenzydamineを用いることで,FMOとP450のそれぞれに特異的な阻害・失活条件を見出すことに成功した.
FMOは薬物相互作用の報告の少ない酵素であり,新規医薬品の代謝消失における寄与を明らかにすることは,薬物相互作用リスクを推察する上で重要と考える.今回の報告がFMOによる代謝寄与率を推定する際の一助となれば幸いである.
[Note]
ヒトフラビン含有酸素添加酵素3が関わる薬物相互作用の可能性
Shimizu, M., et al., pp. 70-74
JSSX第7回ショートコースにて医薬品開発におけるnon-P450薬物代謝酵素の重要性が議論され,本テーマ号論文執筆の原動力となりました.フラビン含有酸素添加酵素3 (FMO3)は医薬品などの窒素や硫黄原子の酸化反応を触媒します.本テーマ号に掲載された谷口らのFMO3の基礎的研究から,本酵素の典型的な指標反応であるベンジダミンN-酸化反応の実験上の特徴が明らかとなりました.ヒトFMO3遺伝子にはアミノ酸置換を伴う変異が存在することから,本研究ではFMO3の関わる薬物相互作用を詳しく調べました.ベンジダミンN-およびスリンダクスルフィドS-酸化酵素活性はFMO3を介する薬物相互作用評価の指標として有用でありました.調べた変異型FMO3は野生型に比較して薬物代謝酵素活性が低く,共存薬物による酵素活性の抑制作用が顕著でありました.以上,FMO3遺伝子多型が本酵素の関わる医薬品代謝消失および薬物相互作用の個人差の原因となる可能性が推察されました.
[Regular Article]
ヒトsEH遺伝子多型のLPAに対する脱リン酸化活性の検討
Purba, E.R., et al., pp. 75-81
可溶性エポキシド加水分解酵素(sEH)は内在性のエポキシエイコサトリエン酸(EET)を加水分解する酵素であるが,近年,脱リン酸化活性も有することが報告され,我々はリゾホスファチジン酸(LPA)が基質となることを明らかにしている.一方ヒトsEHは現在6種類の遺伝子多型が報告されており,特にR287QではII型糖尿病患者におけるインスリン抵抗性の増大や,また虚血性脳梗塞のリスクが低いことなどが報告されている.そこで本研究では大腸菌で発現,精製したsEHを用いて遺伝子多型がLPAに対する脱リン酸化活性に与える影響を検討した.その結果R103CとR287Qにおいて,Stearoyl-LPA,Arachidonoyl-LPAに対する活性が顕著に低下していた.従って,これらの遺伝子多型と病態との関連には,LPA代謝の低下が関わっている可能性も考えられ,今後は内在性のLPA量との相関を検討していきたい.
[Regular Article]
トロバフロキサシンのグルクロン酸抱合に関与するUDP-グルクロン酸転移酵素(UGT)分子種の同定
Fujiwara, R., et al., pp. 82-88
薬物のカルボキシル基がグルクロン酸抱合を受けて生成するアシルグルクロニドは反応性代謝物であることが知られており,様々な薬物誘導性の毒性に関与すると考えられている.肝毒性が原因で市場から撤退したトロバフロキサシンはUDP-グルクロン酸転移酵素(UGT)によって代謝されアシルグルクロニドとなるが,そのグルクロン酸抱合反応を触媒するUGT分子種については明らかにされていなかった.本研究では,ヒトUGT分子種の各発現系を用い,トロバフロキサシンのグルクロン酸抱合に関与する分子種を同定した.複数のUGT分子種がトロバフロキサシンのグルクロン酸抱合能を示したが,中でもUGT1A1とUGT1A3が高い活性を示した.UGT1A1の発現量が低下する遺伝子多型であるUGT1A1*28をホモで有するヒト由来の肝ミクロソームにおいて,野生型のものと比べ顕著に低いグルクロン酸抱合能が認められた事から,ヒト肝臓においてはUGT1A1が主代謝酵素である事が明らかとなった.今後はUGT1A1発現細胞を用いて,トロバフロキサシンアシルグルクロニドの肝毒性への関与について検討していく予定である.
[Regular Article]
マイクロ空間プレートを用いて培養したヒト肝癌由来細胞株FLC4におけるCYP3A4発現に及ぼすサイトカインの影響および抗サイトカイン薬による回復作用
Mimura, H., et al., pp. 105-110
炎症性サイトカインはヒト初代培養肝細胞におけるCYP3A4の発現を減少させる.本研究では,マイクロ空間プレートを用いて培養したヒト肝癌由来細胞株FLC4においても同様の現象が認められることを明らかとした.さらに,抗サイトカイン薬がサイトカインによるCYP3A4の発現減少を抑制することも明らかとした.サイトカインや抗サイトカイン薬の暴露条件は,CYP3A4発現量の変動を検出するための重要な検討項目であり,最適化にはかなりの実験回数を要した.このような検討は,ヒト初代培養肝細胞では実施が困難である.FLC4細胞は,平面培養により容易に細胞を増やすことができ,それをマイクロ空間プレート上で培養することにより平面培養時に比較して著しく高いCYP3A4発現量を示すことから,再現性のある繰り返し実験が可能である.本手法は,今回検討したサイトカイン以外の因子によるCYP3A4発現量への影響およびそれらの抗体薬,アンタゴニストによる拮抗作用の解析にも有用であると期待される.
[Regular Article]
新規な肺胞上皮Ⅱ型細胞モデルRLE/Abca3を用いたTGF-β1および肺障害性薬物による上皮間葉転換の解析
Takano, M., et al., pp. 111-118
抗がん剤をはじめ多くの薬物は,肺線維症など重篤な副作用を引き起こす可能性がある.肺の線維化が起こる原因の一つとして,肺胞上皮Ⅱ型細胞が筋線維芽細胞に変化する上皮間葉転換(EMT)の関与が示唆されているが,薬物によるEMT誘発に関する情報は乏しい.本研究では,著者らが樹立したRLE/Abca3細胞を用い,TGF-β1および肺障害性薬物によるEMT誘発について比較解析した.その結果,細胞の形態や遺伝子発現の変化から,ブレオマイシンやメトトレキサートはTGF-β1と類似したEMT様変化を引き起こすことが明らかとなった.さらに,RLE/Abca3細胞は,wild-typeのRLE-6TN細胞よりもこれら薬物に良好な反応性を示し,EMT解析に有用なⅡ型細胞モデルであることが示唆された.また,今回の検討では抗線維化薬ピルフェニドンによる直接的なEMT抑制効果は認められなかったが,今後とも薬剤性肺障害防御法の探索を進めて行きたいと考えている.
[Note]
10種類のCYP4A11遺伝子多型バリアント酵素におけるアラキドン酸 ω 水酸化活性の変化
Saito, T., et al., pp. 119-122
CYP4A11は脂肪酸水酸化酵素であり,アラキドン酸を基質として20-HETE (20-hydroxyeicosatetraenoic acid) を生成することが知られている.20-HETEは腎臓において血圧の調節に関与しており,ナトリウムの再吸収抑制作用を有する.実際に,CYP4A11の遺伝子多型を有する場合,高血圧の有病率が高くなることが報告されている.しかしながら,遺伝子多型の頻度が低いバリアントが多く存在することや,20-HETEの生体内濃度が微量であることから,in vivo解析を行うことは困難である.それに対して,組換えタンパク質を用いたin vitro解析系は,in vivoのデータを補完する上で有用である.今回,10種類のCYP4A11バリアント酵素を作製し,それらのアラキドン酸 ω 水酸化活性に対する酵素反応速度論的パラメータを明らかにした.次世代シークエンサーの普及により,個人のゲノム情報が簡便に得られる時代が来るであろう.本研究が,遺伝子情報を利用した高血圧の効果的な予防や治療を推進する一助となることを期待している.
[SNP Communication]
日本人集団よりジヒドロピリミジナーゼ遺伝子(DPYS)の新規SNPを同定
Akai, F., et al., pp. 127-129
ジヒドロピリミジナーゼ(DHP)は抗がん剤である5-フルオロウラシル(5-FU)などの分解を担うピリミジン代謝酵素である.DHP活性は主に遺伝子(DPYS)の一塩基多型(SNP)に由来するアミノ酸置換によって低下するため,DPYS遺伝子多型が5-FUの副作用発現を予測するためのゲノムバイオマーカーとなる可能性がある.本研究では日本人のDPYSについて,エキソン領域のシークエンス解析で遺伝子多型を明らかにした.検出された8種類のSNPのうち,2種類(285C>T及び349T>C)を新規SNPとして今回報告した.285C>Tは同義置換であったが,349T>Cはアミノ酸置換(W117R)を伴っており,in silicoによる酵素機能変化予測ではDHP活性が低下する可能性が高いとの結果を得た.DPYSにはDHP活性が低下すると考えられるSNPが複数存在しており,将来的に,DPYS遺伝子多型がフッ化ピリミジン系抗がん剤の副作用予測マーカーとして臨床現場において用いられることを期待している.
[SNP Communication]
カニクイザルとアカゲザルにおけるCYP2C9多型
Uno, Y., et al., pp. 130-132
サルCYP2C9(以前はCYP2C43)は,ヒトCYP2C9に相同性が高くヒトCYP2C基質を代謝するほか,ヒトCYP2C以外の基質であるカフェインも代謝する重要な薬物代謝酵素である.しかし,これまでサルCYP2C9について遺伝子多型は調べられていなかった.本研究では,78頭のカニクイザルと36頭のアカゲザルを調べることにより,27種類の非同義置換の変異を見出すことに成功した.このうち4種類が基質認識部位(substrate recognition site)に存在することから,これらの変異は酵素機能に影響を及ぼす可能性が考えられる.今後,本研究で見出した変異について機能解析を行い,サルCYP2C9が関与する薬物酵素における個体間や産地間,コロニー間における(潜在的な)差異を理解する一助としたい.