Newsletter Volume 37, Number 1, 2022

受賞者からのコメント

顔写真:佐藤翔

ベストオーラル賞を受賞して

武田薬品工業株式会社 リサーチ 薬物動態研究所
佐藤 翔

 この度は,「Translational Neuropharmacokinetic Model in Preclinical Species and Human for Quantitative Prediction of Brain-to-Plasma and Cerebrospinal Fluid-to-Plasma Unbound Partitioning」という演題でベストオーラル賞という名誉ある賞をいただきまして誠にありがとうございます.審査いただきました選考委員の先生方をはじめとして日本薬物動態学会の関係者の皆様に厚く御礼申し上げます.

 バイオ医薬品の台頭が目覚ましい中,中枢疾患領域においては依然として低分子医薬品が主要なモダリティーとなっています.脳-血液関門 (BBB) 透過の観点で,低分子医薬品がその他のモダリティーの医薬品と比べて優れていることが要因の一つとして考えられています.しかしながら,低分子医薬品においても, BBBに発現している MDR1 や BCRP に代表される排出トランスポーターによる血管側への排出を受けるため,効率的な中枢神経系への薬物送達に課題を抱えています.

 排出トランスポーターの基質性は in vitro のトランスポーター試験から算出される Efflux ratio (ER) として評価されます.弊社では長らく,この in vitro試験から算出される ER に関して,良好な脳-血漿非結合形薬物濃度比 (Kp,uu,brain) を示す適切なクライテリアの設定や,Kp,uu,brain を評価するのに適した過剰発現細胞株の導入などに取り組み,創薬初期段階から優れた中枢移行性を持つ候補化合物を効率よく in vivo 薬効薬理及び毒性試験に供することのできる評価基盤を構築してきました1.また,創薬後期段階においては Kp,uu,brain は正確なヒト有効用量の設定に重要であるため,トランスポーターの基質化合物を含む開発候補品に対して,Kp,uu,brain の種差を定量的に考慮して臨床へ外挿する方法論の確立が重要になってきました.

 そこで私たちは,げっ歯類で報告されていた in vitro試験から算出されるER から Kp,uu,brain へ外挿する薬物動態学的理論に関する先行研究を活かし1-5,取得した自社化合物や文献情報を含む膨大な中枢移行性関連のデータを用いて,ラット,サル及びヒトにおけるMDR1及びBCRP基質化合物の Kp,uu,brain/Kp,uu,CSF を定量的に予測できる Translational neuropharmacokinetic model を構築しました6.本モデルの解析から,Kp,uu,brain のヒトを含めた種差は, BBB における MDR1 発現量比の種差と定量的に相関していることを世界に先駆けて明らかにし,ヒト有効用量予測に資する妥当性を示すことができました.また,このモデルは in vitro試験から算出されるER と分子量及び LogD から Kp,uu,brain を予測することができるため,動物倫理や創薬効率の加速化の観点から,中枢領域における低分子創薬への貢献が期待されます.Kp,uu,CSF からKp,uu,brain を定量的に予測する外挿性の検証や,患者様などで見られる BBB 破綻を考慮したモデルの構築など,今後取り組むべき課題は山積みですが,今回の受賞を励みに引き続き精進して参りたいと思います.

 最後に,今回の受賞に至るまで,様々な方々に協力いただきました.武田薬品工業株式会社薬物動態研究所員全員のご理解とともに,小杉洋平主席研究員,遠山季美夫主任研究員,松宮浩太主任研究員,菱沼浩子所員,中仮屋匡紀主任研究員,宮本真紀主席部員,岩崎慎治主席研究員,平林英樹研究所長,平素より仕事へ専念できる環境を整えてくれた家族に対し,この場を借りて厚く御礼申し上げます.

 

  1. Sato et al., Eur J Pharm Sci, 2020;142:105119
  2. Adachi et al., Pharm Res, 2001;18(12):1660-8
  3. Uchida et al., J Phamacol Exp Ther, 2011;339(2):579-88.
  4. Uchida et al., J Phamacol Exp Ther, 2014;350(3):578-88.
  5. Trapa et al., Drug Metab Dispos, 2019;47(4):405-11.
  6. Sato et al. AAPS J. 2021 Jun 3;23(4):81.