受賞者からのコメント
創薬貢献・奨励賞を受賞して田辺三菱製薬株式会社 創薬本部
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この度,「薬物動態および病態生理のモデリング&シミュレーションによる医薬品開発の推進」におきまして,令和3年度創薬貢献・奨励賞の栄誉を賜り光栄に存じます.日本薬物動態学会会長 齋藤嘉朗 先生,選考委員の先生方,並びに本賞にご推薦下さいました田辺三菱製薬株式会社 久米俊行 博士に厚くお礼申し上げます.本稿では受賞対象の研究成果より下記2つの内容を紹介いたします.
腎臓トランスポーター阻害による血清クレアチニン値上昇の数理モデル解析
モデリング&シミュレーションという手法で腎機能マーカーの一つであるクレアチニンの体内動態を記述し,腎尿細管分泌に関わるトランスポーターの阻害により血清中クレアチニン濃度上昇を定量的に説明可能か検討しました [Drug Metab Pharmacokinet (2018) 33:103-110].クレアチニンは腎機能マーカーの一つとして広く利用され,腎機能障害時には血清クレアチニン値 (SCr) が上昇し,同時にクレアチニンクリアランス (CLcre) が減少することが知られています.一方,市販薬の中にはクレアチニン以外の腎機能マーカーに影響することなく,その服用期間中にSCrが上昇する薬物について報告されており,その発症機序として薬物によるクレアチニンの腎尿細管分泌阻害が考えられています.クレアチニンの腎尿細管分泌には,organic anion transporter 2 (OAT2), organic cation transporter 2 (OCT2), OCT3, multidrug and toxin extrusion protein 1 (MATE1) およびMATE2-Kといった薬物トランスポーターが介在していることが知られています.健康成人においてSCr上昇が認められた場合,実際には薬剤誘発性の急性腎障害が生じていないにも関わらず,発症したと誤った判断に導くこともあり得るため,治験期間中に生じたSCr上昇機序を把握することは重要な課題の一つでした.本研究では,腎機能障害を示唆するバイオマーカーには影響を与えず,服用期間中にSCrのみが比較的明確に上昇する市販薬であるtrimethoprimを用い,その血中濃度および尿中排泄量を再現するphysiologically-based pharmacokinetic (PBPK) モデルを構築しました.TrimethoprimのPBPKモデルおよび腎臓トランスポーターのin vitro 阻害データを組み込み,クレアチニンの体内動態モデルを用いて,複数の用法用量でのtrimethoprim服用後の健康成人のSCrおよびCLcreの各推移を予測しました.その結果,trimethoprim服用中のベースラインからのSCr平均上昇率は,5 mg/kg (b.i.d.), 5 mg/kg (q.i.d.), および200 mg (b.i.d.) においてそれぞれ29.0%, 39.5%および25.8%であり,実測値 (22.2%, 31.3%, および23.0%) と大差ない値に予測されたことから,trimethoprim服用中におけるSCr上昇が腎臓トランスポーターを介したクレアチニンの腎尿細管分泌阻害により定量的に説明可能と考えられました.
次いで,健康成人におけるベースラインからのSCr上昇率またはCLcre低下率を推定する本手法が,trimethoprim以外の腎臓トランスポーター阻害薬においても適用可能か検証しました [Drug Metab Pharmacokinet (2019) 34:233-238].本検証では,腎臓トランスポーター阻害薬として,14化合物 (cimetidine, cobicistat, dolutegravir, dronedarone, DX-619, famotidine, INCB039110, nizatidine, ondansetron, pyrimethamine, rabeprazole, ranolazine, trimethoprim, およびvandetanib) を選定しました.ここで選定理由として,1) 各腎臓トランスポーターに対するin vitro 阻害データ (IC50またはKi値) が利用可能であること; 2) クレアチニン以外の腎機能マーカーには有意な減少がないこと; 3) 高齢者を除く健康成人におけるベースラインからのSCrおよびCLcreのいずれかに変化が認められていることとしました.その上で,これら腎臓トランスポーター阻害薬の最高血漿中非結合形濃度を用いて,前報同様に複数の異なる用法用量におけるベースラインからのSCr上昇率およびCLcre低下率を推定しました.その結果,大部分のケースの推定値が実測値の2倍あるいは3倍以内であった一方,一部の化合物 (cobicistat, dolutegravir, および dronedarone) に関しては実測値の3倍以上に推定されました.本手法では,未変化体による競合阻害のみを考慮していることから,こうした過小評価の原因として下記3つの可能性が推察されました: 1) 阻害薬の腎臓への能動輸送により腎臓中非結合形濃度が血液中非結合形濃度より顕著に高い; 2) これら化合物の代謝物が腎臓トランスポーターを阻害している; 3) time-dependent阻害により実際のin vitro阻害能が過小評価されている (より詳細な考察は原著論文に記載).一部の化合物についてはこうした可能性について更なる検討が必要になると考えられますが,今後,本手法を通じて治験中に生じたSCr上昇が腎臓トランスポーター阻害に起因するか判別することにより,腎障害の発症有無に加えて腎臓トランスポーターを介した薬物相互作用試験の必要性をより適切に判断するための知見となることが期待されます.
病態メカニズムを考慮したシステムズモデルの開発と臨床応用に向けて
上記の研究の発展形として,薬物動態およびその作用機序に関する病態生理を統合した数理モデル解析を実施し,これまでにミネラルコルチコイド受容体拮抗薬間の血清中カリウム濃度上昇に関する比較評価 [J Pharmacokinet Pharmacodyn (2017) 44: S116, W-044] およびSGLT2阻害薬による食後高血糖抑制に関する機序解明 [Biopharm Drug Dispos (2020) 41: 352-366] を行ってきました.本紙面では,関節リウマチ (RA) 患者において,複数のバイオ治療薬投与後の薬物動態,治療標的の下流因子および炎症マーカーであるC反応性蛋白の各々の経時変化を統合的に説明可能なシミュレーションモデルを開発した事例 [Clin Pharmacol Ther (2021) 109:S77, PIV-052] について記載します.これまでに上市された作用機序の異なるRA治療薬はいずれも治療の進歩に貢献してきた一方で,その治療効果は患者によって多様であり,いずれの既存療法に対しても不応答の患者が少なからず存在していることが臨床課題と認識されています.実際のRA患者を対象とした臨床試験では,治療薬であるinfliximabの用量よりも,標的サイトカインであるTNFαの個々の患者のベースライン値によって薬物動態や治療効果が大きく左右される場合について報告されています [Ann Rheum Dis (2011) 70:1208-1215].特に高ベースライン群では,それ以外の群と比較してinfliximabの消失が速く,投与終了後の低疾患活動性並びに寛解の患者比率が大きく低下することが明らかとなっています.また,infliximabのようなバイオ治療薬は,薬物が特定の標的サイトカインに高い親和性で結合することにより,下流因子へのシグナル惹起をブロックし,最終的に炎症反応を抑制すると考えられています.そこで,薬物が特定の標的サイトカインに作用する際に,薬物と標的との結合型が薬物の消失に寄与するフレームワークであるtarget-mediated drug disposition (TMDD) を応用し,既知のサイトカイン制御のメカニズムに基づいて本モデルを開発しました.本モデルを用いたシミュレーションにより,上記の臨床試験結果の通りに,患者によって異なる標的サイトカインのベースライン値に応じた薬物動態および治療効果を再現しただけでなく,不応答となり得る背景要因も併せて見出されました.なお,TMDDを用いたモデル解析例はこれまでにも報告されていますが,薬物と標的のみを対象として取り扱った事例が多く,一連のメカニズムに関与する複数の因子を統合し,個々の患者のベースライン値に依存した薬物動態と治療効果の経時変化を明確にモデルで記述できた知見は今回が初めてではないかと見受けています.
近年,欧米の規制当局や製薬企業,並びに本学会においても,薬物動態学とシステム生物学を統合したquantitative systems pharmacology (QSP) というモデリング&シミュレーション技術を通じて,医薬品開発のバリューチェーンの各段階における科学的な意思決定を支援する取り組みが注目されています.本紙面ではRAに関する病態モデル解析を一例として述べましたが,今後もこうした研究を通じて,新規治療薬の開発を推進するための検討基盤を提供し,成功確度の高い医薬品開発並びに臨床での適正使用推進に尽力すると共に,今回の受賞を励みに,研究成果の発表を通じて薬物動態研究の発展に微力ながら貢献できればと考えています.
おわりに
武蔵野大学での博士論文研究に際してご指導下さいました伊藤清美 先生,永井尚美 先生,工藤敏之 先生,並びに東京大学の楠原洋之 先生に厚くお礼申し上げます.また,入社以降幅広いステージでの研究開発並びに共同研究や海外留学の機会を頂きました田辺三菱製薬株式会社 久米俊行 博士,水内 博 博士,小口 泰 博士および三由文彦 博士,そして一緒に研究を進めて下さいました齊藤隆太 博士,森 和美 博士,仲丸善喜 博士および中山 哲 氏をはじめとした同僚の皆様に深く感謝申し上げます.最後に,企業研究者としての道を歩み始める上で終始厳しくも温かくご指導下さいました北海道大学の鎌滝哲也 先生,昭和薬科大学の山崎浩史 先生に,心より感謝申し上げます.