Newsletter Volume 36, Number 6, 2021

受賞者からのコメント

顔写真:細谷健一

学会賞を受賞して

富山大学学術研究部薬学・和漢系薬剤学研究室
細谷健一

 この度,「新たな血液網膜関門輸送研究手法の開発に基づく本関門を介した血液-網膜間薬物動態の制御分子機構解明」という題目で,日本薬物動態学会賞受賞の栄誉を賜り,第36回年会(高崎・Web)にて受賞講演を行わせて頂きました.日本薬物動態学会長 斎藤嘉朗先生,学会賞選考委員会の先生方を始め,関係の諸先生方に心より感謝申し上げます.また,本学会賞に推薦していただきました帝京大学薬学部 出口芳春先生に御礼申し上げます.さらに,受賞に係る研究にご協力頂きました富山大学薬剤学研究室の教員(登美斉俊先生(現 慶應義塾大学教授),立川正憲先生(現 徳島大学教授),久保義行先生(現 帝京大学准教授),赤沼伸乙准教授)および学生の皆様に御礼申し上げます.

 私は城西大学薬学部を卒業後,製剤学研究室(森本雍憲教授)のもとで修士課程,その後日研化学株式会社入社後も研究生として過ごさせて頂き,1992年に「Azone の薬物皮膚透過促進に関する研究」というタイトルで学位を取得いたしました.1994年から眼疾患の薬物治療における薬物動態学への貢献を夢見て,米国南カリフォルニア大学薬学部(Vincent H.L. Lee教授)のもとに留学し,眼球表面組織である結膜からの薬物輸送研究に携わりました.1997年に帰国して東北大学薬学部に採用され,寺崎哲也教授のご指導を受けながら,本学会賞の中核をなす研究テーマである血液網膜関門(blood-retinal barrier: BRB)における薬物輸送研究を行いました.循環血液と網膜とをダイレクトに遮るBRBに関する薬物輸送に関する知見は非常に少ないことから,開始当初は血液脳関門薬物輸送研究をご専門とする寺崎先生から数々のご助言を賜りながら,今となっては極めて初歩的ではあるものの,試行錯誤にてBRBに関する研究を進めていきました.その中で,東北大学加齢医学研究所帯刀益夫教授との共同研究で温度感受性SV40T抗原遺伝子導入トランスジェニックラットからBRBを構成する細胞株を樹立することに挑戦させていただきました.2000年10月から富山医科薬科大学(現 富山大学)薬学部 薬剤学研究室を担当することになり,この細胞株を用いた解析の有用性・重要性を様々な解析を通じて明らかにしてきました.加えて,in vivo BRB排出輸送実験系確立などを通じ,網膜への薬物輸送を制御するBRB分子機構に迫ってきました.本賞受賞対象となった内容を中心に,以下に私の研究成果を紹介させて頂きます.

1.血液網膜関門の薬物輸送トレンドラインの決定とin vitro-in vivo輸送相関性

 網膜は脳と同様の関門組織を備えていると考えられていました.「BRBを介した網膜への薬物移行特性は,脳へのその特性とどの程度類似しているのか?」という基本的問いに対する答えを得るため,総頚動脈投与法を活用し,網膜と脳への薬物移行を同時にretinal/brain uptake index (RUI/BUI) としてモニタリングしました.その結果,関門透過様式が受動拡散と予想された薬物の網膜への移行性 (RUI値) は,脳へのその移行性 (BUI値) と同様に,対象薬物の疎水性との正の相関が示されました.その相関式はn-オクタノールとpH 7.4 緩衝液との分配係数 (DC) を変数として”RUI = 46.2 x exp(0.515 x log DC)”であり,このin vivo相関式から外れる網膜移行性を示したのは,輸送担体の基質と知られる薬物・化合物でした.しかし,網膜への薬物移行を制限することが知られるP-糖タンパク質の基質であるカチオン性薬物ベラパミルは,予測と比して高い網膜移行性を示しました(Hosoya et al., Pharm Res, 27, 2715-2724 (2010)).このベラパミルについて,脳への移行性は相関式からの予想される値と比して低かったことから,BRB固有のカチオン性薬物輸送機構が存在することが示唆されました.この詳細は項目3に続けさせて頂きますが,本研究を通じて血液脳関門との類似性のみがピックアップされてきたBRB研究に一石を投じさせて頂きました.

 前述のDCを指標とすることでin vivo網膜への薬物分布を予測可能と考えられましたが,BRBに発現する輸送担体の基質となる薬物の場合は予測することが難しいと判断されました.私は,前述の温度感受性SV40T抗原遺伝子導入トランスジェニックラットから樹立した関門実体細胞を活用することで,薬物自体のBRB透過様式を考慮せずにこのin vivo薬物分布を予想出来ると考えました.BRBの中で網膜毛細血管内皮細胞を実体とするinner BRBのモデル細胞株, TR-iBRB細胞 (Hosoya et al., Exp Eye Res, 72, 163-172 (2001))における薬物輸送能はin vivo網膜への薬物分布と有意な相関性が示され,それは薬物の生体膜透過スクリーニングに汎用される人工膜PAMPAにおける薬物透過能が示すin vivo網膜への薬物分布相関性と比較して良好でした (Kubo et al., J Pharm Sci, 101, 2596-2605 (2012)).この結果は,私が確立したTR-iBRB細胞は薬物のin vivo網膜分布を,その薬物の性質を問わず明らかにすることが可能であることを示唆しています.

2.マイクロダイアリシス法による血液網膜関門排出輸送評価に向けた解析

 BRBは薬物の網膜分布を「移行プロセスの制御」だけではなく,「積極的な網膜からのクリアランス」を行うことで,網膜機能の恒常性維持に寄与していると考えられます.ラットの網膜構造はヒトのその構造と類似性が高いことが知られているものの,この網膜からの積極的な薬物クリアランスを探求するための手法は存在していませんでした.古くから脳神経科学研究領域では,その組織内濃度をマイクロダイアリシスにて明らかにしてきています.このマイクロダイアリシスをラットBRB排出研究に適用することを目指し,様々な検討を行ってきました.具体的には,「ラット眼球構造を考慮したオリジナルな透析プローブの開発」,「血液網膜関門排出プロセスを解析可能とする内標準物質の選定」,そして「薬物速度論を基にした血液網膜関門排出のみを反映したデータの抽出」を実施したところ,薬物の担体介在型BRB排出能評価が実現しました(Katayama et al., J Neurosci Methods, 156, 249-256 (2006)).これを応用してカチオン性毒物・内因性物質である1-methyl-4-phenylpyridiniumやspermineのBRBを介した輸送機構介在排出輸送を実証すると共に,アミノ酸の一つL-プロリンが血液網膜関門に発現するトランスポーターATA2/SLC38A2を介し網膜から促進的にクリアランスされていることを見出しました(Kubo et al., J Pharm Sci, 106, 2583-2591 (2017)).アニオン性薬物であるベンジルペニシリンや6-メルカプトプリンの網膜からのクリアランスに血液網膜関門に発現するOAT3とMRP4が関与することや,プラバスタチンのそのクリアランスにはOatp1a4/Slco1a4が寄与することについて,本マイクロダイアリシス法による機能的実証に成功しました(Hosoya et al., J Pharmacol Exp Ther, 329, 87-93 (2006); Fujii et al., Drug Metab Dispos, 43, 1956-1959 (2015)).この実験手法開発の達成と知見獲得によって,血液網膜関門が薬物クリアランスに役割を果たす分子機構を備え,網膜の恒常性維持に寄与することが広く知られるようになり,薬物動態学の領域のみならず,眼科生理学分野においても大きなインパクトを与えることができたと考えております.

3.血液網膜関門に特異的なカチオン性薬物輸送機構

 項目1に記載したように,ベラパミルは脳では移行性が制限される一方,網膜では促進的輸送が示されました.BRBモデル細胞であるTR-iBRB細胞を用いた解析を通じ,BRB固有のベラパミル輸送機構は既知のトランスポーターとは異なる新たな分子機構が担うことを見出しました(Kubo et al., Pharm Res, 30, 847-856 (2013); Kubo et al., Pharm Res, 35, 93 (2018); Kubo et al., Pharmaceutics, 12, 747 (2020)).このベラパミル輸送機構は,脳・網膜への薬物移行の制限を担うP-糖タンパク質欠損ラットを用いた解析からも証明され (Fujii et al., Invest Ophthalmol Vis Sci, 55, 4650-4658 (2014)),このベラパミル認識型薬物輸送機構はカチオン性薬物の網膜透過ルートとして独自の機能を有していると考えられました.この研究成果を足掛かりに,網膜症の治療効果が期待されるそれぞれプロプラノロール,網膜神経保護効果が期待できるクロニジンなどの薬物がベラパミル認識型の血液網膜関門固有の有機カチオントランスポーターを介し積極的に網膜移行されることを実証しました(Kubo et al., J Pharm Sci, 102, 3332-3342 (2013); Kubo et al., Mol Pharm, 11, 3747-3753 (2014)).本結果は,網膜疾患治療に向けたカチオン性薬物の応用に大きく貢献することが期待され,薬物動態学の観点からの網膜疾患治療薬創出,特に末梢投与にて網膜疾患治療薬が網膜にて効果的に作用する「飲む目薬」の開発に展開できるものと考えております.

 以上,血液-網膜間薬物動態の制御分子機構解明を目的に行ってきた研究をまとめました.これら研究材料・手法の開発と分子機構に関する知見を基にBRB研究がさらに進展し,薬物動態学ひいては網膜疾患に関する薬物治療学の発展が図れれば幸いと考えております.

 最後に,今回の受賞に対しまして関係各先生方に再度御礼を申し上げます.特に,本テーマを開始・遂行するにあたりご指導・ご助言を賜りました東北大学 寺崎哲也先生(現 東北大学名誉教授; Visiting Professor, University of Eastern Finland)に心から感謝申し上げます.