DMPK 39に掲載された各論文の「著者から読者へのメッセージ」
[Regular Article]
CYP2B6の阻害を介したシクロホスファミドとボリコナゾールの相互作用の可能性
Shibata, Y., et al.
医薬品のCYPに対する阻害作用は近年ガイドラインが整備された.一方,すでに上市されている医薬品については網羅的な情報が欠落している場合もある.我々はin vitroで強い阻害が見られたにもかかわらず臨床で注意喚起されていなかった,ボリコナゾール(VCZ)のCYP2B6に対する阻害に着目した.日米の有害事象データベースの情報から,CYP2B6によって代謝活性化されるプロドラッグ,シクロホスファミド(CPM)の代謝をVCZが抑制し,副作用を減弱させていることが示唆された.相互作用の確認をマウスの実験で検証したところCPMの副作用である脱毛は個体差が大きく,背景を揃えてデータを客観的に処理できるよう工夫を重ねた.他の研究者の目に留まり脱毛評価に活用して頂けたことは苦労した甲斐があったと感じる.今後はカルテ・レセプト情報等からVCZによるCPMの治療効果に対する影響も評価し,より有効で安全な薬物治療の確立に貢献したい.
[Regular Article]
Sasahara, K., et al.
本論文は笹原克則らの“Feature importance of machine learning prediction models shows structurally active part and important physicochemical features in drug design”とのコンパニオンペーパーであり,機械学習の特性(できることできないこと)を明らかにしながら,創薬過程での利活用法を2つの論文を通して論じた.本論文では機械学習を予測ツール,別論文では解析ツールとして利用することに焦点を当てた(対象:代謝安定性試験,CYP阻害試験,P-gp及びBCRP基質性試験).
本論文では,機械学習予測モデルの推定結果を,別の機械学習モデルに学習させることで,薬物動態試験結果を,より高い精度で予測することができることを報告した.
別論文では,機械学習の推定結果に至るプロセスを利用した.まず複数試験間で化合物のデザイン時の共通指標となりうる物理化学的パラメータを抽出した.さらに説明変数に分子の部分構造を利用することで構造式上の重要な部位(代謝部位)も予測することができた.
これらを利用することで,創薬過程でより望ましい化合物を迅速に得ることが期待される.
[Regular Article]
ソフトおよびハードな反応性代謝物を捕捉するシステインを基盤とした蛍光標識トラッピング剤の創製
Shibazaki, C., et al.
反応性代謝物(RM)は重篤な副作用への関与が疑われており,創薬初期段階ではその検出のためトラッピング試験が行われる.CYP代謝では様々な反応性を示すRMが生じるが,既存のトラッピング剤(TR)はキノンに代表されるソフトなRMまたはアルデヒドのようなハードなRMのどちらか一方しか捕捉できない.そこで本研究ではRMの網羅的な捕捉とアルデヒドとの安定なアダクト形成を目的とし,反応性の異なる2つの置換基(チオール基とアミノ基)を有するCysを基盤とした蛍光標識TRを創製した.トラッピング試験の結果,CysとGluを基本骨格とするTR (CysGlu-Dan) が両タイプのRMを効率的に捕捉し,また,アルデヒドと安定なチアゾリジン環を形成することを明らかとした.さらに,蛍光標識TRを用いた定量的評価法も開発し,CysGlu-Danでのアダクト形成量が共有結合性試験での共有結合量と比較的良好な相関が得られることも見出した.今後,安全な医薬品を創製する上でCysGlu-Danを用いたリスク評価の貢献が期待される.
[Regular Article]
Artificial Intelligence(機械学習)を利用した要因分析の創薬への応用
Sasahara, K., et al.
本論文は笹原克則らの“Predicting drug metabolism and pharmacokinetics features of in-house compounds by a hybrid machine-learning model”とのコンパニオンペーパーであり,機械学習の特性を明らかにしながら,創薬過程での利活用法を2つの論文を通して論じた.本論文では機械学習を解析ツールに,別論文では予測ツールとして利用することに焦点を当てた(対象:代謝安定性試験,CYP阻害試験,P-gp及びBCRP基質性試験).
本論文の一部を紹介する.機械学習を用いて,化合物構造上の問題原子を明らかにする方法は多数報告されているが,手法によって示す部位が大きく異なることが良くある.我々は,代謝安定性試験について,多数の予測モデルを構築した.予測モデルに原因原子,つまり,代謝に寄与する部位を示させた.それを代謝物検索試験の結果(実代謝部位)と照らし合わせることで,モデル間の性能比較を行い,代謝部位を良好に予測できるモデルを明らかにした.
他試験(薬物動態のみならず,薬理,安全性など)では実験的に原因原子を明らかにする(正答ラベルをつくる)ことが難しい.今回得られた知見は他試験のモデル構築の参考にもなるだろう.
[Regular Article]
エピカテキンガレートおよびエピガロカテキンガレートはヒトアリルアセタミドデアセチラーゼを強く阻害する
Yasuda, K., et al.
カルボキシルエステラーゼ(CES)およびアリルアセタミドデアセチラーゼ(AADAC)は医薬品の加水分解酵素として重要な役割を果たし,AADACを中心として,ときに医薬品毒性発現に関与する事例を報告してきた.これらの酵素を特異的に阻害することができれば医薬品の副作用を軽減できる可能性があることから,本研究では,各加水分解酵素を特異的に阻害する食品成分の探索を行った.43種類の食品成分の中から,ヒトAADAC,CES1またはCES2を阻害する食品成分の探索を試み,緑茶に多く含まれるエピカテキンガレート(ECg)とエピガロカテキンガレート(EGCg)がAADACに対して特異的かつ強い阻害作用を示すことを明らかにした.これまでに,CES1, CES2に対する特異的阻害剤がいくつか報告されているものの,AADACに対する特異的阻害剤は報告がなく,今回の知見は,医薬品開発時の薬物代謝試験を行う上でも有用であると考えられる.
[Short communication]
誤飲が疑われた乳幼児における薬物動態予測:アルプラゾラムを事例とした生理学的薬物速度論モデル活用の試み
Emoto, C., et al.
小児における誤飲事故は多く,薬物誤飲の約7割は1-2歳で起こっていることが報告されている.本検討では,アルプラゾラムとロキソプロフェンの誤飲が疑われた1歳5ヶ月女児の薬物動態を確認するため,血漿中および尿中薬物濃度測定に加え,生理学的薬物速度論(PBPK)モデルを用いて患児が誤飲した薬物量の推定を試みた.小児特有の形態・発達変化を組込んだPBPKモデルからの予測値と患児から得られた血漿中濃度の比較から,患児はアルプラゾラム1錠(0.4 mg)を誤飲した可能性が示唆された.乳幼児ではP450酵素の発達変化の不確かさと共に,薬物濃度データが断片的な場合が多いため,PBPKモデルの妥当性評価が難しい.そのため事後の予測性に対する検証およびモデルの最適化を重ねることは,シミュレーションによる乳幼児での薬物動態的解釈の確からしさを向上させ,誤飲量予測などPBPKモデルの活用を拡げることにつながると考える.
[Short communication]
Uehara, S., et al.
パラオキソナーゼ(PON)は血漿中に存在し,有機リン化合物やラクトン構造を有する薬物の加水分解を担う酵素である.マーモセットは小型で扱いやすく,少量の薬物で有効性・安全性を検証できるため,薬物動態研究への応用が期待される霊長類である.本動物について,これまでチトクロムP450をはじめとする主要な薬物代謝酵素が解析されてきたが,PONは調べられていない.本研究では,マーモセット肝臓より新規PON1のcDNAのクローニングに成功した.マーモセットPON1は酵素機能に重要である基質,カルシウムイオンおよびN型糖鎖結合部位を有しており,ヒトPON1に対して93%の高いアミノ酸相同性を示した.ウェスタンブロット解析によりマーモセットおよびヒトの血漿中にPON1タンパク質が検出された.血漿パラオキソン加水分解酵素活性はヒトに比べてマーモセットで高値を示した.マーモセットおよびヒトPON1のアミノ酸配列および組織分布の特徴は類似していることが明らかになった.