受賞者からのコメント
優秀口頭発表賞を受賞して熊本大学大学院 薬学教育部 薬剤学分野
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この度,日本薬物動態学会第35回年会において,優秀口頭発表賞を賜り,大変光栄に存じます.ご審査いただきました先生方,ならびに日本薬物動態学会関係者各位に厚く御礼申し上げます.本稿では,受賞題目である「がん悪液質におけるCYP3A発現変動と副甲状腺ホルモン関連タンパク質の関与」について,簡単に述べさせていただきます.
悪液質(カヘキシア;Cachexia)はがんをはじめとする様々な基礎疾患に関連して生じる多因子性の代謝異常症候群であり,異化作用の亢進や食欲不振の結果,体重減少を呈します.特に進行がん患者の50%以上が発症しQOL低下と生命予後不良をもたらすことから,悪液質はがん治療における重要な課題であると言えます.(1)
一方,がん悪液質患者において薬物代謝の遅延が問題視されています.特にミダゾラムやオキシコドンなどCYP3A基質を始めとする薬物のクリアランスが減少することが報告されていますが,その詳細な機序は未だ明らかにされていません.(2,3)
近年興味深いことに,腫瘍から分泌される副甲状腺ホルモン関連蛋白質(PTHrP;Parathyroid hormone-related protein)が,がん悪液質を誘発させる主要な因子として報告されました.(4)機序としては,PTHrPは脂肪細胞の褐色化を介してエネルギー代謝を亢進させることが知られています.(4)
そこで,私達はがん細胞から分泌されるPTHrPが肝臓及び小腸のCYP3A発現を低下させるのではないかと考え検討しました.まずin vivoの検討において,健常ラットに比べて,がん悪液質モデルラットの血清PTHrPレベルは上昇し,肝臓及び小腸CYP3A2タンパク発現は有意に減少しました.次に,ミダゾラムをがん悪液質モデルラットに静脈内または経口投与し体内動態を評価しましたところ,健常群に比べてAUC,t1/2,バイオアベイラビリティが上昇し,CLtotが減少しました.加えてin vitroの検討からPTHrPはI型PTH受容体の下流シグナルであるcAMP/PKA/PKC/NF-κB経路を介してCYP3A発現を抑制することが示唆されました.したがって,本研究によりがん悪液質患者で観察される薬物動態変動にPTHrPが寄与する可能性が見出されました.
今後の検討として,私達は臨床応用を考えています.具体的には,がん悪液質患者の薬物動態を予測する際に血中PTHrP濃度が一つのパラメーターとなり,初回投与設計の指標になるのではないかと考えています.また実際に,終末期におけるがん患者の80%以上に悪液質が認められることから,本研究成果が,がんターミナルケア及びサポーティブケアの進展に貢献できることを期待しています.(5)
最後になりましたが,本研究の遂行にあたって,ご指導していただきました当研究室の丸山 徹教授,渡邊博志准教授,前田仁志助教,池上孝明様ならびに学生の皆様にこの場をお借りして厚く御礼申し上げます.
- Argilés JM et al., Nat. Rev. Cancer. (2014)
- Franken LG et al, Clin. Pharmacokinet. (2016)
- Naito T et al, Eur. J. Clin. Pharmacol. (2012)
- Kir S et al., Nature (2014)
- Fearon KC et al., Eur. J. Cancer. (2008)