Newsletter Volume 35, Number 2, 2020

受賞者からのコメント

写真:竹内妃奈

優秀口頭発表賞を受賞して

東北大学薬学部薬物送達学分野
竹内妃奈

 この度,日本薬物動態学会第34回年会において優秀口頭発表賞という名誉ある賞を頂き,大変光栄に存じます.審査いただきました選考委員の先生方および日本薬物動態学会関係者の皆様に心より御礼申し上げます.

 血液クモ膜関門は,クモ膜上皮細胞からなる,中枢と末梢の間にある関門の1つです.約80%の脳脊髄液と接しているクモ膜は,中枢の物質動態に影響を与えていると考えられ,本研究室では,これまでにラット血液クモ膜関門においてOAT1, 3およびOatp1a4を介した有機アニオン性物質の脳脊髄液からの排出機構があることを示し(Zhang et al., Mol Pharm. 15:911-922, 2018; Yaguchi et al., Mol Pharm. 16:2021-2027, 2019),血液クモ膜関門が能動的に物質輸送を担う関門として機能していることを示唆しました.さらに,ブタを用いたタンパク質発現量解析によって,血液クモ膜関門では,多くの輸送担体が血液脳脊髄液関門よりも高発現していることがタンパク質レベルで明らかになり(Uchida, Goto, Takeuchi et al., Drug Metab Dispos 48:135-145, 2020),脳脊髄液中の物質動態制御における血液クモ膜関門の重要性を示唆してきました.しかし,これら多くの輸送担体について,血液クモ膜関門における細胞膜局在情報が不明でした.輸送担体の細胞膜局在は,血液クモ膜関門が脳脊髄液への物質取り込みに働くか,脳脊髄液からの物質排泄に働くかを大きく左右します.従来法である免疫組織化学染色法には,感度や特異性に優れた抗体の入手が困難で,また網羅的な解析ができないといった欠点がありました.クモ膜上皮細胞が構成するクモ膜は,軟膜とともに軟髄膜を構成しています.また,クモ膜上皮細胞は互いに密着結合を形成することによって血液クモ膜関門を構成しているため,クモ膜上皮細胞にこそ輸送担体が発現していると考えられます.そこで本研究では,ブタ軟髄膜のホモジネートを用いて,クモ膜上皮細胞を血液側と脳脊髄液側の細胞膜画分に分離し,quantitative Targeted Absolute Proteomics (qTAP)法を用いて各画分のタンパク質発現量を測定することで,血液クモ膜関門における輸送担体タンパク質の血液側/脳脊髄液側細胞膜局在を一斉に推定しました(Uchida, Goto, Takeuchi et al., Drug Metab Dispos 48:135-145, 2020).今回の結果から,血液クモ膜関門において,MDR1およびBCRPが基質薬物や異物を脳脊髄液から循環血液の方向へ輸送することや,OCT2およびMATE1が脳脊髄液側および血液側の細胞膜にそれぞれ発現することによって,creatinineを始めとした内因性有機カチオン神経毒の脳脊髄液から血液へのベクトリアル輸送に寄与する可能性など,多様な輸送担体の輸送方向が示唆され,血液クモ膜関門の生理学的および薬理学的な役割を一挙に理解することができるようになりました.これらの知見は,今後,血液クモ膜関門を介した物質輸送や,脳脊髄液中の物質動態を理解および予測する上で大いに役立つことが期待されます.

 最後になりましたが,本研究の遂行に際してご指導いただきました当研究室の寺崎哲也教授,内田康雄講師,臼井拓也助教並びに学生の皆様にこの場をお借りして深く御礼申し上げます.