Newsletter Volume 35, Number 2, 2020

受賞者からのコメント

顔写真:出口清香

優秀口頭発表賞を受賞して

大阪大学大学院 薬学研究科 分子生物学分野
出口清香

 この度,日本薬物動態学会第34回年会において,優秀口頭発表賞を賜り,大変光栄に存じます.選考委員の先生方,ならびに日本薬物動態学会関係各位の皆様に,厚く御礼申し上げます.

 本年会では,「Establishment of a CYP3A4-mediated drug-induced hepatotoxicity evaluation system using human iPS cells and genome editing technology」という演題で発表させていただきました.

 医薬品開発において安全性の確保は重要な課題であり,非臨床試験の初期段階で医薬品候補化合物の代謝と毒性を予測することが求められます.Cytochrome P450 family 3 subfamily A member 4(CYP3A4)は肝臓で高発現し,医薬品の約半数の代謝に関与する主要な薬物代謝酵素です.CYP3A4を介した薬物間相互作用により体内動態,薬効及び安全性が変化する薬の組み合わせが多数報告されています.このため,CYP3A4を介した医薬品代謝及び薬物誘発性肝障害を予測するin vitro評価系が必要です.現在まで,医薬品の代謝や毒性に関する評価はがん細胞株や阻害剤を用いて行われてきました.しかし,がん細胞株は薬物代謝酵素の活性が極めて低いことや,CYP3A4阻害剤として汎用されるketoconazoleはCYP3A4に対する特異性が不十分であることなどが原因で,CYP3A4を介した医薬品代謝や肝障害を既存の方法で正確に評価することは困難でした.

 当研究室ではこれまで,医薬品代謝において中心的な役割を担う肝細胞をヒトiPS細胞から分化誘導する手法の開発に取り組み,ヒト初代培養肝細胞と同程度に高い薬物代謝酵素活性を持つ機能的な肝細胞の作製に成功しています.さらに,バルプロ酸とRAD51を用いた独自のゲノム編集技術を開発し,これまで困難とされていた未分化iPS細胞で転写活性が低い遺伝子座でのゲノム編集を可能にしました.そこで本研究では,独自のゲノム編集技術を用いてCYP3A4をノックアウトしたiPS細胞を作製し,肝細胞へ分化誘導することで,CYP3A4による医薬品代謝と毒性を正確に予測する新規in vitro評価系の構築を試みました.

 作製したCYP3A4-knockout(KO)iPS細胞は,野生型iPS細胞と同程度の未分化能及び肝分化能を有していることを遺伝子発現解析および免疫染色により確認しました.次にLC-MS解析により代謝活性を調べたところ,CYP3A4-KO肝細胞ではCYP3A4の代謝活性が消失していました.一方で,Cyp3a-KOマウスにおける報告と同様に,CYP2C19,CYP2C9,CYP2D6の代謝活性がCYP3A4-KO肝細胞で代償的に上昇しました.さらに,CYP3A4阻害剤ketoconazoleで処理した野生型肝細胞では,胆汁酸排泄能の低下といったCYP3A4阻害以外の作用が認められましたが,CYP3A4-KO肝細胞ではそのような作用ほとんど生じないことが確認でき,既存の阻害剤を用いた評価系よりも,CYP3A4-KO肝細胞のほうがCYP3A4特異的に代謝と毒性を評価可能であることが示唆されました.最後に,樹立した評価系を用いて,薬物誘発性肝障害を評価可能であるか検討を行いました.CYP3A4を介した薬物誘発性肝障害の報告のあるacetaminophen,tacrineなどの医薬品を野生型肝細胞およびCYP3A4-KO肝細胞に作用させたところ,CYP3A4-KO肝細胞では薬物の細胞毒性レベルが軽減されるという結果を得ました.したがって,CYP3A4-KO肝細胞は,CYP3A4を介した薬物誘発性肝障害を評価可能であることが示されました.以上より,ヒトiPS細胞とゲノム編集技術を用いてCYP3A4を介した医薬品代謝及び薬物誘発性肝障害を予測する新規in vitro評価系の構築に成功しました.本研究が医薬品の予期せぬ副作用に苦しむ患者さんの一助になることを期待します.

 最後になりましたが,本研究の遂行に際してご指導,ご支援を賜りました大阪大学大学院薬学研究科・水口裕之教授,高山和雄助教にこの場をお借りして深く御礼申し上げます.