学会 道しるべ
第32回年会 JSSX-KSAPジョイントシンポジウム
「Drug-induced organ toxicity ─ Mechanism, Prediction, and Prevention」
千葉大学大学院薬学研究院 生物薬剤学研究室
伊藤晃成
はじめに
JSSX-KSAPジョイントシンポジウムは,日本薬物動態学会(JSSX)と韓国応用薬理学会(Korean Society of Applied Pharmacology, KSAP)が両国の研究者との交流を通じ,特に両学会の将来を担う若手研究者の育成を行うことで,薬物動態学のより一層の発展を図るために企画されたものである.2015年のJSSX第30回年会にて第1回JSSX-KSAPジョイントシンポジウムが開催され,それ以降毎年,双方の学会でジョイントシンポジウムが企画されている.JSSXおよびKSAPの会員数名ずつが特定のテーマについて発表を行うのが特徴である.JSSX第32回年会の二日目に開催されたJSSX-KSAPジョイントシンポジウムでは,「Drug-induced organ toxicity ─ Mechanism, Prediction, and Prevention(薬物誘導性の組織障害:メカニズム,予測,および予防)」というテーマで,4演者が発表を行った.
研究紹介
一人目の演者として藤原亮一先生(北里大学,当時)が,「Keratinocytes can predict risk for developing drug-induced liver toxicity in individuals」のタイトルで発表を行った.薬物性肝障害は用量非依存的に認められる場合が多く,その発症のし易さには個人差が存在すると考えられている.従って,薬物自身の安全性評価のみならず,特定の薬物に対して著しく高い反応性を示す個人を特定するシステムの構築が急務である.演者らの研究グループは皮膚と肝臓の薬物に対する反応の類似性に着目しており,肝毒性を示す薬物の多くは,ケラチノサイトにおいても薬物性肝障害関連遺伝子を誘導することを明らかにしている.肝毒性系薬物であるアザチオプリンも,ケラチノサイトにおいて特定の肝障害関連遺伝子を誘導する.興味深いことに,BALB/cマウスやDBA/2マウスから単離したケラチノサイトにおいては,その遺伝子の誘導が顕著に認められた.その一方で,C57BL/6由来のケラチノサイトにおいては,薬物処置による遺伝子の誘導が認められなかった.実際にそれらマウスにアザチオプリンを投与したところ,BALB/cマウスとDBA/2マウスにおいてのみ肝障害のマーカーであるAST値やALT値の上昇が認められた.将来的には,皮膚での薬物感作性試験を行うことで,投与前に患者の薬物に対する肝毒性リスクを予測することができるようになるかもしれない.
二人目はSung Won Kwon先生(Seoul National University)で,「Determination of sleep deprivation-induced brain toxicity by multi-platform mass spectrometry」というタイトルが示すように,不眠時に血中で変化する内因性代謝物プロファイルから中枢での毒性学的変化を推定しようという研究を紹介された.水槽に浮かべた不安定な島の上にネズミを置いて不眠にする薬理実験モデルを用いており,これだけでもなかなか大変な実験という印象を受けた.これらネズミの内因性代謝物プロファイルを数年がかりで解析してデータ化したが,惜しくも有意差を認めるには至らず,論文化にはさらに時間を要するとのことだった.他にも様々な分野と共同研究を行っており,変わったところでは産地の異なるお米のメタボローム解析の例が面白おかしく紹介された.後に先生からは,「聴衆はみな真剣で驚いた.ウケ狙いのスライドにも笑うどころか真面目な顔でうなずきながら聞いていて完全に滑ったと思った」と言われてしまったが,日本人はシャイだから心中笑っていてもそれを表現するのが下手なんですよ,とフォローを入れておいた.
三人目は著者で,HLA遺伝子導入マウスの作製とこれを用いた特異体質薬物毒性の再現に関する研究を紹介した.HLA多型に依存して発症する毒性を再現するモデルは無かったため,HLA以外のリスク因子や,薬物ごとに毒性発症臓器が異なる理由についてはほとんど不明であった.この問題を解決するため我々は最近独自にHLA-B*57:01導入マウスを作製した.発表では,このマウスにアバカビルを投与するとHLA多型保有者で見られるものとよく似たT細胞活性化プロファイルを示すこと,実験条件をいくつか工夫することでアバカビルによる肝障害も見えること,などを報告した.代謝酵素もトランスポーターも絡みにくい話のため,学会の中心分野から外れている気はしていたが,発表後にはフロアから質問を沢山頂くことができた.動態と毒性は医薬品開発ステップでも近接し,お互いを無視することはできない.シンポジウム参加者の間で改めてこの意識を共有できたと思っている.
四人目はYoung-Jin Chun先生(Chung-ang University)で,「Roles of Annexin A5 in Mitochondria-Dependent Apoptosis Induced by Various Anticancer Drugs」の演題で発表された.シスプラチンによって癌細胞がアポトーシスする際のシグナル経路に関する研究を紹介された.細胞死の過程でAnnexin A5が細胞膜に移行し,ホスファチジルセリンと結合することは一般に知られている.今回これとは別にAnnexin A5の新たな機能として,ミトコンドリアに移行してアポトーシス促進に働くことが詳細な生化学データと共に紹介された.正常細胞の生死にも関わりうるメカニズムということで,毒性学的観点からの質問がフロアからなされていた.ちなみにYoung-Jin Chun先生は2017年12月時点で13名いるDMPK誌のAssociate Editorの1人であり,我が学会運営には既に多大な貢献をして頂いている.
KASP年会についての案内
KSAPと2018年秋に開催されるKSAP年会について紹介したい.韓国にはJSSXのような薬物動態に特化した学会は存在しないため,薬物動態に関連した研究内容の多くはKSAPが主催する学会で発表されるようである.毎年,春と秋にKSAP主催学会が開催され,JSSXとのジョイントシンポジウムが行われる秋の学会は,海外からの一般参加者を受け付けている.今年は10月にソウルにて開催される予定である.興味のある方はKSAPホームページをご覧いただきたい(演題申し込みの締め切りは例年夏頃である).
http://www.ksap.or.kr/eng/ (KSAPホームページ)
ksap92-JSSX-@hanmail.net (KSAP事務局)
なお,JSSXでは「若手研究者海外発表支援」を募集している.詳しくはJSSXホームページをご覧いただきたい.
https://www.jssx.org/ (JSSXホームページ)
maf-jssx-JSSX-@mynavi.jp (JSSX事務局)
※メールアドレス中の “-JSSX-” はスパム対策のために挿入しています.
ご連絡の際は,お手数ですが “-JSSX-” を削除してください.
おわりに
現在までに,JSSXとKSAPの交流やジョイントシンポジウムの開催は2019年まで継続されることが決まっている.是非KSAPとの交流を通じ,特に若手研究者に国際的な視野を身につけてもらい,薬物動態学のさらなる発展に貢献してもらいたい.
本稿の執筆にあたり,JSSX国際化委員会委員長の大槻純男教授(熊本大学)および同委員会オブザーバーの寺崎哲也教授(東北大学)よりKSAPとの連携に関連した資料を提供していただきました.厚く御礼申し上げます.