Newsletter Volume 33, Number 1, 2018

受賞者からのコメント

 写真:橘 達彦

創薬貢献・奨励賞を受賞して

中外製薬株式会社 前臨床研究部
橘 達彦

 この度,「消化管薬物間相互作用と抗体の動態制御に関する研究」という題目で平成29年度日本薬物動態学会創薬貢献・奨励賞を授与していただきました.栄誉ある賞を賜り大変光栄に存じます.選考委員の先生方並びに,本賞にご推薦いただいた中外製薬株式会社 加藤基浩博士に厚くお礼申し上げます.ここでは受賞に関わる2つの研究「消化管薬物間相互作用に関する研究」と「抗体の動態制御に関する研究」について紹介させていただきます.

消化管薬物間相互作用に関する研究

 私は,1998年に中外製薬株式会社に入社後,非臨床薬物動態研究に従事し,主に創薬初期における動態評価に関わってきました.2004年に,当時東京大学・分子薬物動態学教室の教授をされていた杉山雄一先生が主催するPKPDセミナーに参加させていただくことになり,それが本研究をスタートするきっかけとなりました.薬物間相互作用の予測は,製薬企業が新薬を開発する上で非常に重要な項目の一つで,肝臓における薬物間相互作用の予測に関しては多くの報告がなされていましたが,小腸のCYP3A4及び(あるいは)P-gpを介した薬物間相互作用の予測方法は報告されていませんでした.消化管の薬物間相互作用を考えるうえで難しい点は,消化管内の阻害剤濃度を実測できない点です.まず私たちは小腸が関与すると考えられる薬物間相互作用の報告や吸収の非線形のデータから間接的に計算して小腸容積を求め,求めた小腸容積を用いて予測を行うことを考えました.しかし固定の小腸容積を仮定して様々な小腸相互作用を説明することは難しいということがわかりました.そこで発想の転換を行い,とりあえず容積のことは置いておいて,単に阻害剤の投与量を阻害定数で割った値と基質薬物のAUC上昇率の関係を求め,経験則的にクライテリアを設定するということを試みました.消化管液量は薬物によらずほぼ一定であると考えるならば,投与量と濃度はほぼ比例関係にあると考えられるからです.私たちはこの阻害剤投与量を阻害定数で割った値をDrug interaction number(DIN)と名付けました.この発想の転換は本研究における大きなブレイクスルーになったと思います.小腸代謝・排泄を受けるCYP3A4・P-gp基質薬物の薬物間相互作用の情報を集めたところ,狙い通りDINが小腸相互作用のリスク評価に有用であることを見出し,リスク評価のための妥当なクライテリアを設定することに成功しました.この成果は国際誌等や日本薬物動態学会にて発表し,2017年のUS Food and Drug Administration (FDA)ドラフトガイダンスにも引用されました.本研究の成果が臨床における相互作用リスクの低い薬物の創出に繋がることを期待しています.

 次に私たちは基質自身による小腸CYP3A4/P-gpの飽和に注目しました.この小腸CYP3A4/P-gpの飽和は基質薬物が小腸相互作用において被相互作用薬となりうるかという意味と競合阻害を引き起こす阻害剤として働くかという2重の意味で重要と考えられたからです.そこで私たちはDINと同様なメカニズムを仮定して,基質薬物の投与量をKm値で割った値をLinearity Index (LIN)として定義し,LINと非線形体内動態の関係を求めました.その結果,LINとFaFgと組み合わせることで,非線形体内動態を予測するためのdecision treeを構築することができました.LINという指標もDINと同様に消化管薬物間相互作用を考えるうえで重要な役割を果たすことが期待されます.

抗体の動態制御に関する研究

 抗体医薬品は他の低分子医薬品と違って経口吸収性が極端に低いため,静脈内投与か皮下投与が一般的です.静脈内投与に比べて皮下投与は時間も短く済み,場合によっては自己注射が可能になりますので,患者さんのコンビニエンスが高いといえます.しかし1回の皮下投与で投与できる抗体量は限られているため,少ない投与量で高い血漿中濃度を長く維持できるよう体内動態の改善が求められていました.抗体は主に2つ経路で体内から消失していきます.それは非特異的なピノサイトーシスで体内から消失する経路と,ターゲットである体内の抗原に結合して消失していく経路です.中外製薬はそれぞれの経路による消失を低減する技術の開発に成功し,私は薬物動態研究の面から技術開発に貢献しました.

 まず非特異的なピノサイトーシスを低減するために,抗体のアミノ酸配列を改変し,等電点(pI)を低下させてクリアランスを低減する技術の開発を行いました.抗体のpIを下げて,負電荷を増やすことにより細胞表面の負電荷との反発を引き起こし,消失を遅くできると考えたからです.マウスでpIの異なる1連の抗体の体内動態を評価したところ,pIの低い抗体ほど長い消失半減期を示すことが明らかになりました.またこの抗体のpIがクリアランスおよび分布容積に与える影響を胎児性Fc受容体(FcRn)の機能欠損マウスでも調べ,FcRnが抗体の分布容積に重要な役割を持っていることを示唆しました.さらに著者らはFcRn依存的な抗体の組織分布のメカニズムを反映させた改良型生理学的薬物動態(PBPK)モデルを提唱しました.

 次に我々はpH依存的な抗原結合特性を抗体に付与することにより抗原依存的な抗体の消失を低減する技術の開発を行いました.抗体は体内の膜抗原に結合すると抗原依存的に内在化されリソソームに運ばれ分解を受けます.内在化を受けた後,リソソームに運ばれる前のpHが低下するエンドソーム中で抗原から乖離することができればリサイクルレセプターであるFcRnに結合し細胞外に運ばれ,抗原依存的消失を低減できると考え,カニクイザルを用いた体内動態試験を行い,このコンセプトがうまく働くことを実証しました.この新規抗体改変技術のPK改善へのインパクト(リサイクル効果)を抗体がエンドソームで抗原から乖離しFcRnでリサイクルされるとしたモデルで定量的に評価しました.リサイクル効果の定量的解釈は,プロジェクトのヒト動態予測にも役立ちました.

最後に

 以上2つの研究は,それぞれ低分子医薬品と抗体医薬品という体内動態特性の異なる医薬品を対象にしておりますが,製薬企業がより安全で利便性の高い医薬品を効率的に開発していくことに貢献することが期待されます.「消化管薬物間相互作用に関する研究」では杉山雄一先生,加藤基浩博士をはじめPKPDセミナーに参加されていた諸先生方にご指導,ご協力をいただきました.「抗体の動態制御に関する研究」では技術開発推進の中心的役割を果たした中外製薬株式会社,井川智之博士をはじめ社内の関係者の方に非常にお世話になりました.この場をお借りして厚く御礼申し上げます.