学会 道しるべ
International Symposium on Drug Delivery and Pharmaceutical Sciences: Beyond the History
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薬剤学・DDSに関する研究において高度化・専門家が進む中,日々新しい発見や創造に取り組む若手研究者が体系的に研究を展開するためには,これまでの研究や開発の歴史と潮流を世界規模で把握し,広い視野を持って研究の方向性を探ることが大切である.この様な考えのもと,これまでDDS研究を牽引してこられた橋田 充教授(京都大学高等研究院・特定教授,京都大学名誉教授)の停年退職を機に本シンポジウムが企画され,平成29年3月9,10日,京都リサーチパークで開催された.
シンポジウムには,11か国から247名(国内208名,海外39名)の参加があり,そのうち72名(国内62名,海外10名)が学生参加者であった.歴史的に確立された国際会議で定期的に開催される会ではなくアドホックに行われたにもかかわらず,招待講演のほか,57件の一般ポスター発表も集まった.それらの演題は,医薬品化学,薬物分析,製剤評価,DDS開発,薬物動態,遺伝子治療,再生医療など,多岐に渡る研究分野に関連する発表であり,ポスター会場では活気に満ちた熱い討論が行われた.
シンポジウムは,5つのセッション
- Session 1: Perspectives of Drug Delivery and Pharmaceutical Sciences
- Session 2: Biopharmaceutics and Pharmacokinetics
- Session 3: Drug Delivery and Material Sciences
- Session 4: Regenerative Medicine and Technology
- Session 5: Pharmaceutics, Drug Delivery, and Beyond
からなり,計17名の招待講演者による講演が行われた.
Session 1では,香港中文大学Vincent Lee教授による薬科学・医薬品開発のブレイクスルー・マイルストーンとなった数々の研究の紹介に始まり,京都大学の橋田 充教授によるDDS研究の進歩,元アメリカ食品医薬品局のVinod Shah教授による医薬品開発における規制科学の役割と進歩,長崎大学の佐々木 均教授による医療現場にもたらしたDDSのインパクトについて,それぞれ基礎研究,医薬品規制,医療の視点からDDSの歴史的な側面を講演された.
Session 2では,カンサス大学・Ronald Borchardt教授は細胞培養技術がもたらした薬剤学研究の発展の歴史について,京都大学・山下富義教授はコンピューター技術を用いた薬物動態の予測について,摂南大学・山下伸二教授は経口医薬品製剤開発における3つのブレイクスルー(中分子薬物,難溶性薬物,患者指向性)について,京都薬科大学・栄田敏之教授は抗がん剤の血中濃度モニタリングと遺伝多型に基づく患者個別化医療について講演を行い,生物薬剤学・薬物動態学分野における研究トレンドの変遷と現状のトピックスが紹介された.
Session 3では,川崎市産業振興財団iCONM・片岡一則教授はナノメディシン,特に高分子ミセルによる薬物・遺伝子デリバリーシステムに関する最先端技術について,京都大学・高倉喜信教授はエキソソームと呼ばれる細胞由来輸送小胞を利用した核酸医薬品のデリバリーについて,ネブラスカ大学・Ram Mahato教授はブロック共重合体ポリマーを用いたマイクロRNAや抗がん剤のデリバリーと治療効果の向上について,京都大学・今堀 博教授は光応答性ナノマテリアルの創製開発と細胞機能制御や光線力学療法への応用について講演を行い,材料化学および生物薬剤学・薬物動態学のそれぞれの立場からナノ材料がもたらすドラッグデリバリーの最新の技術について意見交換がなされた.
Session 4では,京都大学・田畑泰彦教授は再生医療・組織工学におけるバイオマテリアル,特に生分解性ハイドロゲルを用いた成長因子やケモカインのデリバリーシステムの基礎と臨床について,東京女子医科大学の岡野光夫教授は温度感受性ポリマーを活用した細胞シート創製技術の開発と角膜や心筋などを事例とした細胞シートの臨床応用について,立命館大学・小西 聡教授は低侵襲外科治療・ドラッグデリバリー・組織工学を指向したマイクロ電気機械システム(MEMS)の開発と応用について講演され,ボトムアップとトップダウンの材料工学・制御工学に基づく薬物治療や再生医療・組織工学の最先端について議論がなされた.
Session 5では,生物薬剤学・薬物動態学分野を長年に渡り牽引してきたカリフォルニア大学サンフランシスコ校・Leslie Benet教授と理化学研究所・杉山雄一教授による講演があった.Benet教授はトランスポーター代謝酵素の協奏的作用,Biopharmaceutics Drug Disposition Systems (BDDCS)について言及するほか,広く浸透してきたWell-stirredモデルに基づくクリアランス理論に一石を投じ,会場での議論を盛り上げた.一方,杉山教授は,臨床データベースからの情報解析から基礎研究の問題に落とし込みメカニズム解明を通じて臨床に還元する,リバーストランスレーショナル研究の重要性について事例を交えて説明し,薬剤学研究の今後の一方向性を示された.
招待講演者の先生方は,橋田先生との交流が深く,橋田先生とのエピソードも交えてご講演くださった.若かりしころの橋田先生と一緒に学会などでお会いする先生方の写っておられる懐かしいお写真や,当時のエピソードをご紹介くださる場面もあって,研究の熱いディスカッションの合間にほのぼのとした時間が流れた.1日目の夜には,シンポジウムレセプションが催され,シンポジストの先生のほか,永井記念薬学国際交流財団・永井恒司先生,ソウル大学・Chang Koo Shim先生にも心温まるスピーチをいただき,なごやかな時間を過ごすことができた.