Newsletter Volume 30, Number 3, 2015

学会 道しるべ

細胞アッセイ研究会シンポジウム
2016年1月19日

主催団体 細胞アッセイ研究会
会場 東京大学生産技術研究所コンベンションホール
特色など 細胞アッセイに関する、技術の提供側とユーザーとの間の情報交換のプラットフォーム。
テーマを絞った招待講演と、最新の研究成果についてポスター発表。

技術情報交換の場の必要性を痛感

 私事になって恐縮ですが,十数年前,機能性材料とそれを用いたデバイス,システムの開発で培ったノウハウを応用し,細胞をハンドリングしたり,あるいは細胞の培養環境を精密に制御することにより,従来の技術ではin vitroでの発現が期待できなかった機能を誘導できないか,という仮説のもと,研究開発を開始しました.

 私共が所属する組織の性格から,出口を意識したテーマ設定が必須であり,研究開発テーマの設定にはユーザー様のニーズ聞き取りが必要不可欠です.とはいえ,ご紹介できる技術が何も無ければユーザー様も話してくれようはずも無く,まずはシーズ・プッシュで見切り発車しました.幸いにも直ぐにいくつかの面白い技術の芽が生まれ,それではこれをユーザー様にご紹介して揉んで貰おう,と思っていろいろな学会を調べましたが,今ひとつピンときません.丁度その頃,アカデミアのスピンアウト・ベンチャーが一種のブームで,割と大きな公的資金が獲得できたので,それを元にテスト機まで一気に作り上げ,ベンチャーを設立しました.その流れで,いくつかのバイオ関連の展示会で技術紹介をさせて頂いたところ,製薬企業の方々から「面白い」というご評価を頂き,気を良くしました.ところが,その後どなたからも何らご連絡がありませんでした.また,単に「面白い」というご評価では無く,どういう点が?,あるいは,どの様な用途が考えられるか?,等々をお聞きしても,全く情報が得られません.

 困り果てていると,長年日本の製薬企業とお付き合いしている方から,「日本の製薬企業は過剰に口が堅い.また,新しい技術にはコンサバティブである.米国で紹介してみたら?」というアドバイスを頂き,最も適当な場としてSBS (Society of Biomolecular Science,現在はSLAS: Society for Laboratory Automation and Screening)をご紹介頂きました.ますは様子見を,と参加しましたが,参加者のかなりの割合が製薬企業,特にメガファーマの研究者であって,さらに彼らが1つのテーマについて熱烈に議論している様子に大いに驚きました.なるほど,SBSフォーマット (マルチウェルプレートの規格)はこのような場から生まれたのだな,と納得した次第です.余談になりますが,折角行くのだからとポスター発表を行ったところ,best presentation awardをいただき,副賞の結構な額の賞金で,研究室で慰労会を開くことができました.

 以上の経験から,ユーザー (製薬企業の研究者やバイオサイエンティストなど)が問題点を議論し合い,それを技術者に投げかけるプラットフォームの必要性を痛感した次第です.

細胞アッセイ研究会の活動

 とはいえ,筆者は,所属する組織の性格からか,既存の学会活動を疑問視しており,これ以上学会を増やしたくありませんでした (この欄の名称が「学会 道しるべ」であることに少々戸惑っております).そこで,細胞アッセイ分野で以前からご活躍されていた,東京大学生産技術研究所の酒井康行先生にご相談申し上げ,「医薬品探索・開発のための細胞アッセイ技術」というタイトルでシンポジウムを開催したところ,当時東京大学大学院薬学系研究科におられた杉山雄一先生のお力添えもあって,300人を越える方々にご参加頂きました.

 この時の参加者名簿をメーリングリストとして,細胞アッセイ研究会の活動を開始しました.まずは,インフォーマルに本音を語り合ったらどうか,ということで,金曜日の午後から土曜日の午前中まで,東レ総合研修センターに宿泊して議論をし,懇親を深めました.この会はこれまで3回開催しましたが,いずれも50名近い皆様にご参加頂き,製薬企業の中堅研究者,開発者の皆様の「本音」をお聞きすることができ,本当に有意義な会でした.また,製薬企業の方々の間でも,他ではできない意見交換ができた,というご意見を多数頂きました.この会において,製薬企業の皆さんが抱えている技術上の悩みはほぼ同じであって,それについては自社ではどうにもならない (余力が無い,経営陣を説得できない,等々の理由)ことを知り,共通基盤技術を開発して行く仕組みを作らなければ,日本の製薬企業はますます国際競争力を失って行くであろう,と危機感を強くしました.

シンポジウム

 このインフォーマルな討論会ですが,3回目を企画しているところで東日本大震災が起こり,筆者の組織も被災してそれどころではなくなりました.1年ほど経ってようやく落ち着いてきた頃,皆さんから「またやりましょう」との温かいお言葉を頂戴し,酒井先生にご相談し,これまでの議論をまとめる目的で,「細胞アッセイ技術の現状と将来」(Symposium on New Technology for Cell-based Drug Assay)というタイトルで,2012年12月10日に東京大学弥生講堂一条ホールにおいてシンポジウムを開催しました.基調講演は,Dr. Jon C. Cook (Investigative Toxicology Pfizer Inc.,toxicology評価の責任者),Dr. Jing Li (Merck Research Labs – Discovery and Preclinical Science,創薬支援技術の開発責任者),Lee L. Rubin (Department of Stem Cell and Regenerative Biology, Harvard University,iPSCを含むstem cellの応用技術で著名),Prof. Shuichi Takayama (Department of Biomedical Engineering, University of Michigan,TAS,特に細胞チップで世界的に著名),およびProf. Michael L. Shuler (Department of Biomedical Engineering, Cornell University,Human-On-A-Chipの発案者)にお願いしました (ちなみに,Prof. Rubinは急病で来日できず,東大生産研の竹内昌治先生にピンチヒッターをお願いしました).また,45件の一般研究発表をポスター形式でご発表頂けました.参加者は200名近くに上り,非常に活発で有意義な議論が行われました.

 酒井先生とは,数年に1度,国際シンポジウムを開催しましょう,その間はインフォーマルな討論会をやりましょう,と話し合っていましたが,シンポジウムの組織委員をやって下さった製薬企業の方々や参加者の多くから「今年はやらないのですか?」のお声を頂き,今のところ毎年開催しています.第1回目の基調講演は総花的な内容でしたが,第2回目は「医薬品アッセイに適切な細胞は?」,そして昨年度は「Human(Organs)-On-A-Chip」に的を絞りました.第1回と同様に,一般研究発表をポスター形式でお願いし,第2回,第3回共に50件前後の申し込みがありました.参加者は,それぞれ約150名と約180名でした.第2回と第3回は,酒井先生のご厚意で,東大生研の講堂をお借りしました.嬉しいことに,これまでのシンポジウムでの研究発表を契機に,幾つかの共同研究が始まっていると側聞しています.

 本年度ですが,2016年1月19日(火),東京大学生産技術研究所コンベンションホール (東京大学駒場リサーチキャンパス)にて開催する予定です.例年通り,朝から開始して数件の基調講演,引き続きポスター発表,最後に懇親会で締めたいと考えています.テーマ (主題)はまだ決まっていませんが,決まり次第,基調講演のプログラムと併せて本誌でご案内したいと思います.

 なお,前述の通り,細胞アッセイ研究会の実態はメーリングリストですので,イベント等のご案内をご希望の方は,筆者までご連絡下さい (メール: t.kanamori at aist.go.jp).

 金森敏幸

金森敏幸
国立研究開発法人産業技術総合研究所
創薬基盤研究部門
医薬品アッセイデバイス研究グループ